情報感度と老化

だいぶご無沙汰しておりました。
しばらく追われていていたのですが、忙しい期間の最後の締めが新宿区の消費者講座の講師役。
お題は「もう迷わない☆パソコンの買い方講座」
30名の方が難しそうな顔をして集まっています。
こちらのギャグも一つも笑いません。
それどころか、みんなメモ取ってます。

パソコンの語句について、買うときのチェックポイント、買う前に何をしたいかを よぉく考えよ、くわっくわっ(あひるの鳴き声)、パソコンメーカーにはツアー旅行的と個人旅行的があるから最初のうちはツアー旅行的の何でも入っているのがいいよー。という感じで説明する。

さて、質疑応答の時間。

「はい!」「はいどうぞ」

「パソコンのことはよく解りました。で、どこで買えば安いですか?」
「どうして値段の差が生じるのですか?」
「値切り交渉はどこまでいけますか」


・・・・・そういう質問か。思いもかけない方向から球が飛んできて(私の準備不足) そうだよね 彼らはパソコンを選ぶというよりも、できるであろうことがいまいち不明な場合、値段でしか測れないものね。
生憎、会場の後ろでは某家電量販店さんのご担当者さんがギロリとこちらを見ていたのでごにょごにょと濁す。

「確かに料金は重要ですが、量販店で大きく変わることはないと思うんですよね。気持ちいい担当さんがいたら、その人の気持ちよさに対してお金を払う、という気概がいいのでは。」と至極まっとうなことをいう。

#サービス業をやっていておもうが、ケチる人/せこい人には、よいサービスをしてあげたい!この人のためにどうにかしたい!という気持ちがガンガン薄れる。(ただし、よほどのイケメンか美人の場合は別。)サービス業をやっていてよかったなあと思うのは、気持ちよくサービスを受けるためにどうすればいいか解ることだ。サービス提供者も人間だもの。コミュニケーションとしての値切りと、せこい値切りは違う。セクハラみたいなもんだ。

そして真打ちおじさま登場。
「さっき、量販店で売られているディスプレイの写真があったでしょう?」
実は師匠と崇めている方が、某家電量販店でどのような説明で売られているか写真を撮ってきてくださった。
それを「こういう風に売られているからね、ここをチェック!安いだけじゃだめなのよ」と見せていた。

「あの写真、左上に初心者マークがあったんだけどさ」
「ええ。」

「パソコンって車と何の関係があるの?」


・・・・(・_・)

うーん、予想外の展開だ。

「僕はね、解体すると大体その機械の仕組みが解ると思っているんだけど、パソコンは中古を買ってきて解体したんだけど、うまくならないんだよね。」

(私と仕事、どっちが大事?って感じ・・)


こんな感じでそのおじ様が20分ほど質疑応答の時間を使ってしまった。

そのあと、まともな質問が少し続いた。

とある女史は
「サポートセンターに電話したのに、話がつながらないのです」
「電話が、ですか?」
「いいえ、向こうが言っていることが解らないのです」
「うーん。お互いの歩み寄りが大切です。」
なんだか人生相談の占い師のようである。(真打ちおじさまで疲労困憊になり、後の質問にあまり答えられなかったので反省してますが。)


初心者向けの講座かと思いきや、実は皆2台目を欲しがっているということも質問から解った。
1台目は闇雲に買い、とにかく安いものを買ってしまい、そして2台目にその反省を踏まえてきちんと勉強しようと思うみたいだ。

そして、質疑応答や個別の質疑、アンケートを見ていると、どうも、情報源が少ない人ほど購入に不安を感じているというような気がしてきた。どの情報を入手すればいいのか難しい、もしくは偉い人が言えば正しい、みたいなそんな感じがある。

また、アンケートでは自分と同年代の人がどのくらい使えていると思っているか、という問いを入れてみたのですが、パソコンが使えない人ほど周りも使えていない、使えている人はほぼ使えている、と思っていることも解る。

#ヒアリング調査をしていると、同じ年代なのに「おれの年はみんな使えないよ!」という人もあれば「私なんて使えないほうよ~、みんな使っているわよ!!」という人もいたので聞いてみたかったのだ。

情報源を制すること。情報源の洗い出し。
どういう情報の加工の仕方だったらみながしゃべりたくなるんだろう?

そんなことを考えながら、情報感度が低くなったら老化が始まるんじゃないかと思う。
あたりまえのことだけど、今回、講義をやってつくづく思う。
話したあとに「おもしろかったです。で、どっち買えばいいの?」とカタログを提示されたりもして、選択を他人に任せたらどんどん老化は進んでしまう

「あー、気付かなかったー!」「そういうの、興味ないし」というのが増えれば増えるほど、感度が落ちているなあと最近、思う。

ところで、デジモノと情報と言えばこんな情報。 「ブリエ読者のデジタル生活に関するアンケート調査結果」

併せて読みたい 50歳以上の「今の生活と老後」  私個人的にはこちらのほうが好き。

ではでは。
今月は精神的に余裕があるのでシニア情報をもう少し送れるかと思います。

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性能と機能

Tさん(75歳)がいらした。

 今度、パソコンを買おうと思っているんだよ。
 ところで、みんなGoogleというのが入っているらしいんだけど、
 どのパソコンを買えばGoogleというのが入っているんだろう?

Sさん(64歳)が言う。

 パソコンって偉そうよね。
 出来ない私を馬鹿にしてるって感じ?

Yさん(70歳)が言う。

 できることは少なくていいよ。
 そんなに使いこなせないんだもん
 だから、安くていいんだよ

機能が少なくていいから安いのが良くて、といいつつ、アレがしたいコレがしたいといいつつ、起動時間が遅いと怒るシニアは多い。

解っていない人は、性能と機能の違いが解っていないということだ。ということをうちのスタッフが力説していた。

機能が少ないと安く感じる。
できることが少ないんだから安いんでしょ?

でも、やりたいことは簡単だからできるでしょ?だって、パソコンでしょ?
名簿作って、その中から亡くなった人は省いて、年賀状にしたり、時には往復はがきにしたり、それから、たいしたことじゃないと思うからお店のホームページを見たり、たいしたことじゃないと思うから、かっこいい年賀状を作ったり、デジカメでアルバムを作ったり。インターネットでホテル予約とかって、若い子ってぱぱぱっとやるじゃない。あーゆーことやりたいのよね。あ、難しいことは嫌よ。ゲームとかはマージャンだけでいいわ。

でもねー、パソコンって使えるようになるのに時間かかるじゃない。なんか英語出たりしてさ。
あれって、つける気なくなっちゃうのよね。

彼らは性能=機能である。
自分がやりそうなことは大して機能が入らないと思う。と勝手に思い込んでいる。
だから、安いもので自分のしたいことは十分に出来ていると思っている。
だから、起動時間が遅いのが理解できない。
起動時間が遅いのが、馬鹿にされている気がする。

女心とシニア心、どっちがむずかしいんだろう?

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マウス、使えますか

先日、55歳のSさんが涙目で私のところに来た。
「マミコさん、この間、私会社で、『あら、Sさん、マウス使えるの?』って聞かれたの。私、マウス使えてないのかも。どうやったらマウス使えるようになるんだろう?」

Sさんはパソコンが大嫌いである。
とはいえ、大嫌いじゃ世の中渡っていけなくて、最初のうちは本当に本当に嫌々いらしていた。
最近ようやくパソコンと会話ができるようになり、「仕事が楽しくなってきた」という矢先の話である。

「マウス使えるの?」と聞いてきた同僚さんの真意が解らない。
Sさんですら、真意がわからないのだから、私に解るはずがない。
ショートカットキーを駆使して操作をしていた人に「マウス使えるの?」と言ったのか、マウスをパソコンの基本と捉え、パソコンが使えるのか、と言う意味で「マウス使えるの?」と聞いてきたのか。

とはいえ、落ち込ませてはいけないので
「Sさん、大丈夫。あまり深く考えなければ、たぶん、Sさんはマウスを問題なく使っているというレベルだと思う。」と回答。

とはいえ、その真意はいかに?

確かに、シニア層はマウス使いが下手だ。
例えば絵を挿入してその絵を拡大するときにマウスポインタを端っこに合わせられない。
力が入ってしまうのか、マウスの形が変わったことを確認してマウスの左ボタンをエイヤと押したときにマウスが動いてしまう。
ウィンドウを少し大きくするのも、エクセルでオートフィルするのも、うまくポイントが合わせられない。
ワードで文字をドラッグできない。飛んで行ってしまうのだ。飛んでいくのはバナナだけでよろしい。と突っ込みたくなる(そういう童謡があった。)

で、少し観察してみた。
独学で入ってきた人は、皆不思議なマウスの持ち方をする。
手首が折れ曲がっているのだ。手首がかしげている。ちょっとマニアックな話をすると、アリーマイラブの最後のほうで出てくる弁護士兼カウンセラーのおじさんのような、ちょっとした首のかしげかた。(誰も解らないって)

なんで、こんな感じで持つんだろう?

とりあえず絵をアップしてみる。ちなみに、私は美術とかの実技の点数が非常に低かったので、その旨ご了承いただきたい。

シニアとマウス


そう、いろいろ皆に聞いてみると
どうも、左クリックが中心なので、そこにポインタが宿っていると思っているらしい。
だから、左ボタンがある人差し指がディスプレイに向かってまっつぐ向いているのだ。
そのために、手が少し傾く。
ところが、腕はまっすぐ向きたい。
しかし、なんでこうなるんだろう?シニア層のまねをして絵を描いたが、私にはちょっとこの持ち方は難しい。

とはいえ、こうなっているのだ。
そして、手首でマウスを動かしてしまうので、思いもよらぬ方向にマウスポインタが行く。


慣れた人には解らない、このマウスの持ち方。
これで人差指に力を入れてクリックをする。

それでインターネットを使ってみてください。
買い物かごボタンが小さいとクリックできなかったり
そういう感覚が解ると思います。

こうやってマウスを使っている方を「あなたはマウスが使えません」と言ってしまえるとは思わないですがそういう世界もあるんだなあーと思っていただければ。

#ところで、商品をはやらせるきっかけになる人たちはいわゆる「ぎーく」ではなく、一般人の虚栄心の強い人、そして、それが普及するには平常心が必要なんだと思うこのごろ。これを、どうやって表現するか、悩みどころであります。

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気持ちはあれども

そろそろ運動をしなくちゃいけないと思う。といって随分経った。
やりたいこと、と聞かれたら「そろそろジムに行こうかな」と答えている。
とりあえず、申し込みをした。(法人会員なので、今年度何回使えますよ、というモノ)
申し込みをした。以上。そして1か月。ああ、行かなくては。

「ヤルヤル詐欺ってこんな感じかな」とスタッフに言う。「やりたいの!やるよ!やるやるぅ!って言っておきながら「今は暇がないから」「もう少し余裕ができたら」といういわば詐欺。」

「変な名前ー」とスタッフがこちらをジロリとみる。「そういえば、マミコさん、ダンベルやるって言ってましたよね。どうしました?」

「2日やった!三日坊主じゃないよ。二日少女」

「わけわからん。。。」とスタッフ。

シニア層は比較的「やるやる詐欺」が多い。

新商品がある。新サービスがある。
いつかやりたい。
ああ、いいわね。私こう言うのやりたいの。
そういうのやりたいなーと思って、パソコンを始めたの。

と仰る。

「いつごろからやるよていですか?」

「うーん、今はとりあえず体が動くから旅行に行って、動かなくなったらやろうかな」
「もう少し暇になったらやろうかな」(サンデー毎日とはいえサンデーは比較的忙しい)

いつかやりたいのよね

結局いまやるのは、今やれそうなこと、難しくなさそうなこと、そして楽しそうなことだけなのだ。
それで十分といえば十分ですが・・・

本を読むのは体が動かなくなってから、今は旅行したいの。と仰る方も、きっと体が動かなくなったらパソコンで麻雀なんだろうなあ。きっと青空文庫を見て「ああ、こういうのやりたい」とか「こう言うの探してたの」といいつつ、きっときっと実際はしないんだろうなあ。そして、麻雀をしながら、頭を使っているからいいの、と言うんだろう

何が悪いわけではなく、何がよいのでもなく

興味があります、やりたいです。という一元的なアンケートの裏には「暇ができたらね」とか「もう少し時間が取れたらね」とか「切羽詰まったらね」という本音が隠されていることを重々承知しなくちゃいけないんだと思う。

そういえば、我が妹はすこしふっくらしているので、適度なダイエットをすると昔から言っている。
実際いろいろなダイエットグッズを買って(ビリーも家にあります。もちろん、大豆クッキーもある。マイクロダイエットもある。バランスボールもあるし、いろいろ不思議なものがある。)何もしていない。
やるやる詐欺はなにもシニアに限ったことではない。私と運動もそうだし。やるやる詐欺。


何か新しいことを始めるにはエネルギーが必要なんだと思う。
例えば、数独とかはエネルギーが特に必要ない。投資額も安い。小難しそう。ボケ防止になりそう。
じゃあ、そのエネルギーの因子は?
やるやる詐欺が詐欺じゃなくなる瞬間は?
色々感慨深いものがあります。

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シニアへのリーチ

リクルートさんのコレカラ プレ創刊号を弊社のパソコン教室に置いていた。
50歳からの、という言葉に触手が伸びない。置いてあるだけでは誰も持っていかない。遠巻きに雑誌を見ている

ああ、50歳以上のと言う言葉はNGワードかな、など少し冷めた目でその雑誌を見ていた。

とはいえ、配布しなくてはいけないので、「まあ、取り合えず読んでみましょう。プレ創刊号はタダだし。」と無理やり持ち帰らせる。

同じ時期、新宿でコレカラを配布していた。
「50歳以上の方の為の雑誌の無料サンプルでーす」
私の前で渡されたおばちゃんが「それってどういう意味?」と手渡されて複雑そうな顔。(どうやってみても50歳以上じゃん!複雑な女心?)

ホットペッパーなどの配布の時とは違い、持って行かれる頻度が遅い。
私は待ち合わせを装い、配布状況をほんのり見ていたのだが、かなり苦戦しているもようだった。

ところが、弊社で雑誌を渡された人たちが次いらした時に口を揃えて言った。「あの雑誌楽しいから定期購読したわよ。」「あの雑誌見てクルーズ申し込んでみた」「喫茶店とか友達と行く事にした」

今まで、雑誌を読んでいるという人はほとんどおらず、雑誌を読む機会は女性ならば美容院もしくは銀行というのが主であった。どんな雑誌を読んでいるのかはいつも私の疑問だったので、いろいろな人に聞いたことがあるが、特に読んでない、という答えばかりだった。

雑誌を読んでいる人に出会っても、読んでいるのはオレンジページ等の料理系が多く、旅行等はDMが送られてくるから必要ない、読むのが面倒と口を揃えて言っていた。

なのに、定期購読だ。

シニア層は新しいものを受け入れないんじゃ無くて、手に取るまでのリーチが異常に長いんだと思う。
まず「いらない」から入る。

実際、配布している時も「いらない」という答えも多かった。「まあ、いいから。」と持ち帰らせ、そして、読ませる。読むと楽しいから定期購読をする。

えー、あんなにいらないって言ってたのに・・・50歳からなんて・・・って言ってたのに・・・

「たぶん、うちのサンプリング先で定期購読する人いないんじゃないですかねー」と言っていたのが良い形で覆された。(あ、もちろん内容が充実しているから皆さんが定期購読するわけなのですが)

シニア層は最初の最初でいろいろな言い訳を作る。
読まない、必要ない、わからない、難しそう

しかし、実際無理やり持たせると楽しんだりする。

とある商品のモニターも数名にしていただいているのだが、最初のころは「難しいのは嫌」「面倒くさい」「説明書を読みたくない」とダダこねていた皆さんが、今では「これが発売されたら買いたい」「面白い!」

どうやったら最初の1歩を踏み出してもらえるのだろう?
娘・息子(もしくは親しい他人)からの強要、あるいは?

今期の新宿区のIT講習会では目的別講座をいくつも設けてみた。これをつくるための講座です、などなど。なのに、それはあまり人気がなく、結局人気があるのはワード、エクセル講座。こんな名前では何ができるか(まあ、ワードとエクセルだけども)解らないのにこれらの講座は倍率が高い。反対にインターネットでお得に買い物をしよう、とか、チラシ作成講座などは倍率が低い。

シニアへのリーチは他人からの影響(または強制)、そして誰もがやっている状態を作り上げること(みんなやってるよ)が重要なのかな、とコレカラを見ながら考える。
難しいなあ。うーん。

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老後はこない!

老化はするが、老後は来ない。

最近膝が痛い。不健康を標ぼうしている私もとうとうジムとやらにいかなくてはいけないかもしれない。
そういえば、学生時代に、某通販会社のテレオペをしていたのだが、職種のところに「ジム」と記してあり(法人が多かった)「なんでみんなこんなにジムに勤めているのだ?」と思い、人に聞いたところ「事務」であることが判明したことがあった。どうでもいい話。

さて、老後の話。
50歳以上のライフスタイル結果がOCNブリエさんから発表されました。
弊社もお手伝いしているわけですが、一番のお気に入りの結果は老後の始まる年齢のところ。
70過ぎなくては老後じゃないのか。

実は、この部分に「もはや老後ではない」(もはや戦後ではないをもじった)というタイトルを差しておいたのですが、それは却下されたらしい。

老化はしています。
「としとっちゃってねー」
だけど、老後ではない。「まだまだいけちゃうもんね」

先日27歳になった友人にお誕生日おめでとうメールをしたら「まだ実感がないです」と返信が来た。
そうか。27歳なんて遠い昔のような話の気もするが、3年前である。
であれば私はミソジとしての自覚があるかと言われれば、自分が思っていたミソジよりはるかに幼くて、いまだにあほなことばかりしている。(私の大学時代の人生計画ではすでに子どもが3人いる予定だった。大量の孫に囲まれて死にたいのに。)

老後のことを考えましょうなんて、きっとたぶん、通じないんだろうなあ。
いまどきの30歳代のほうがよっぽど老後を考えている気がする(笑)

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老いるということ

学ぶ人はキレにくい。と、先日言い切ったが、それは私の中の仮説に過ぎないと数日、かなり思い悩んでいた。本当かな。本当なんだろうか。40歳代~60歳代には実感値としてそんな気があるけど、もしかしたら後期高齢者には学ぶ以上に、何かがあるんじゃなかろうか。

モリー先生と火曜日を読んだあとに、死にゆく人々の言葉を読んでしまったということもあり、老いる、死ぬ、ということを考えざるを得なかった。

ずいぶん前に、仲良しの78歳が孤独死をした。
それを知ったのは、共通の知人からだった。
死後、誰も気づかなかったという。
すごくいい人だった。私に「高齢者と使いやすさ」について考えるきっかけを与えてくれた方だった。その人のことをふと思い出した。

あまりにも悶々と考えて、いろいろな人に迷惑をかけそうだったので、いっそのこと、それならば聞いてみればいいじゃないかと仲良しの84歳の家にパソコンの調子を見に行くという口実で遊びに行った。

私と84歳の飲み会はもう5年前くらいから続いているのだけど、この方は本当に素敵老人だ。色々な事を考えているし、私の若さをうらやまないし、そして、今を楽しんでいる。

そして、先日、彼と会った。
「まみちゃん、ちょっとメールの転送の仕方教えて」
「はーい」と手順を教える。もちろん、詳細なメモつきだ。高齢者の場合、言葉で書いても解らないので画面をキャプチャで取るか、もしくは絵を描いて手順を説明しないと後で見返したときにわからなくなってしまう。

転送ボタンを押して、宛先と書いてあるところを押す。

彼は、10分の間に3回、(3回練習したのだが)、「宛先ボタンはどこだっけ」と聞いた。
「ここですよ」と私が指し示すと「ああ!さっきも聞いたのに、じじいはやだね。直ぐ忘れちゃう」と仰る。確かに、彼と付き合いだして5年、以前よりも、瞬間的なものを覚える力が減っていると感じる。

その後、プリントアウトをしたらインクがもう直ぐなくなるよ。とプリンタに言われた。
「インク、替えますか?」と私が聞く
「そうだね、いるときにやってもらったほうが安心だからね」と彼が言う。
インクを取り出して、インクの蓋をねじろうとする私。
「あ、ちょっとまって、自分でやらないとますます解らなくなってしまう」

なんだか、すごく彼から老いを感じた。
老いることへ焦りがあると、老いたなあと思う。
そして、少し、なぜか解らないけど悲しかった。

前は「おー、まみちゃん、やっといてねー!」という感じだったのに、覚えられないということはどれだけ怖いことだろう。その努力の中に、ものすごく老いを感じてしまった。

若い私には老いた人の気持ちは分からない。
でも、感じることはできる。

老いることの焦り、今まで出来たものができなくなる怖さ。
なんで覚えられないんだろう、と高齢者が言う。
年をとったら覚えられなくなるのは「知ってはいる」が怖い。
できなくなることが増えてくる。
それはじわじわと来るので、ふとした時にできなくなることが多くなり、そして落ち込む。

誰にでも老いは来るのだから、できるだけ若くいようと思う。
が、努力にも限界がある。

今の老いを認めない風潮は、限界があることに対して見なかったことにしているように見える。自分だけは年をとらないという幻想。特に今の若い方。

もちろん、楽しくあってほしいし、そのためにいろいろなサービスをシニア向けに展開もしている。各社ともに。
これをやってみよう、あれをやってみよう、いろいろ見てみよう。

しかし、老いたら新しい事をはじめるのに若い人の数倍努力が必要になるということは誰も言ってくれない。自分たちの両親はこんな年でこんなに若くはなかったから、老いる見本がない。

老いは誰にでも来ます。
かっこよく老いることも重要ですが、老いることを認めることはもっと重要だと思う。
最近、そんなことをよく考えながら思春期してます。


最近読んだしんみり本
老いと愛について最近よく考える。

普及版 モリー先生との火曜日
普及版 モリー先生との火曜日ミッチ・アルボム 別宮 貞徳

おすすめ平均
stars現代社会の垢を落としてくれる名作
stars定価950円のこの重さ・・・
stars素敵な話だと思う。でも人工呼吸器をつけた豊かな生という選択もあったはず。
stars人は皆死ぬ
stars素敵なことば

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死にゆく者からの言葉 (文春文庫)
死にゆく者からの言葉 (文春文庫)鈴木 秀子

おすすめ平均
starsとにかく泣けた。
stars死する前に
stars皆さんのおっしゃるとおり素晴らしい本です
stars命の大切さ
starsなにかを見出せる・・・ そんな作品です。

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使いやすさは教えやすさ?

当社はパソコン教室も運営しているために、パソコン教室向けにソフトウェアの売り込みがよくある。

特に、シニア向けパソコン教室と対外的にうたっているため、「うちのソフトがどれだけシニアにとって使いやすいか」という売り込みがある。

先日は、アルバムソフトの売り込みがあった。
息継ぎをせずに話す人だったので、お帰りになるまで呼吸ができずに死ぬかと思った。

さて、そんなことはさておいて。

そのアルバムソフト。
「使いやすいんです」
「直観的に操作ができるんです」
が売り文句。

「例えば、随分前のネット調査で、2.8%の人しかマイピクチャの中でフォルダわけできない、写真が混在してしまうというのが悩みだというのが出ました」

ふむふむ、なるへそ

「シニアにとって、デジカメの管理はひっじょーに難しいのですっ。」

「だいたい、マイピクチャーがいかんのです。」

(そりゃ遺憾だ。)心の中でおやじギャグを飛ばさないと心が痛む。

「ですから、我々のソフトは、その分をひっじょー!に簡単にいたしまして、マイピクチャーの概念を外せば云々」

確かに、おっしゃることはすべて正しい。
多くのシニア層は「デジカメがしたい」が、何がしたいのかよく解っていないし、フォルダがそもそも解っていないので、マイピクチャーに入るとか、よく解らない。そもそも、撮った写真をどうにかできる、という概念が薄い。だって、今まで写るんです使っていた人が、どうにかするなんてことは考えられないもの。

で、少しずつ明るくしたり、CDに取り込んだりする。

「フォットショップは(勢いが付いているのでこう聞こえる)難しすぎるのでっす。」

「世の中のパソコン教室は難しすぎることばかり教えて長く通わせるのです」

(うーん、そう思うのかあ。そんなことないんだけどなあ。みんな何か学びたいと思っていらしてくださってるのになあ。簡単ばかりがいいことじゃないのになあ)と心の中で思うが、反論する息継ぎの時間がないので、スルー。

「なので、単純明快に、とってすぐにボタン一つで保存できる仕組みを考えたのです。」

ふむふむ。

インターフェースを見せてもらう。

確かに簡単で解りやすいかもしれない。

突然、その方が悲しそうな顔をした。

「こんなに解りやすいソフトでも、シニアの方は使えないのです。なので、パソコン教室の力を貸していただきたく。」


あー、そこなんだな。
私が、なんとなく、引っかかるのってそこだ。
シニアが使えないんじゃなくて、シニア層が使えないときにだれに一番最初に頼るかって娘とか息子とか、そういう人たちなんだ。
もちろん、私たちも頼られる優しい教室を目指している。
でも、夜中とか、休みとか、ちょっと聞きたいときは息子・娘に聞きたい。
そんなときに、特別なソフトでは娘・息子が対応できない。

私がマイクロソフト製品で使いづらいなあと思うところは、たいていが「教えづらい」ところである。
解りやすいソフトでも、教える側が教えられなければ、解りづらいソフトに一転してしまうことが多い。

もしかしたら、シニア層にとっての使いやすさとは、誰かの教えやすさに通じるのかもしれない。
私たちもソフトを採用するときは、教えやすいものを採用する傾向がある。(一般に広まっているもの以外)

そういうことも考える必要があるのかなー。と、ふと思った。

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老人はキレやすいの?

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるさんより

なぜ最近の老人はキレやすいのか?

キレやすくなっているのは老人であり、若者ではない。

もう一度いう、大人として成熟できず、我慢のなんたるかを知らず、ついカッとなって暴走するのは、20代ではなく、60代以上の年齢層において激増している。このエントリでは、事象の裏づけと、なぜ最近の高齢者がキレやすくなっているかについて考察する。なお、「高齢者」「老人」とは、60歳以上の日本人男女を指している。
<中略>
「暴走老人!」にて藤原智美は、なかなか面白い分析をしている。要するに彼・彼女たちは「待てない」のだそうだ。歳を取るほど時間が早く過ぎていくという焦燥感が、予期せぬ「待たされる時間」に遭遇したとき、発火点となって感情爆発を引き起こすという。寛恕の心とか、「がまん」って言葉を知らないんだろうね。

あるいは、昔と異なり、「周囲から尊敬されなくなった」ことが理由としてあげられている。時間の流れがゆるやかだったときは、その経験が若者にとっても有益だったが、いまでは、老人が持っている知識・経験を下の世代がまったく必要としていないことが一因となっている―― そんな指摘もある。

面白そうな本なので、この連休にぜひ読んでみようと思います。
さて、じゃあ、本当にそうなの?ということについて。

私は昔の老人を知らないので、今の老人がキレやすいかどうか、ということは解らない。

ただ、教えていると待てる人と待てない人がいる。若い人は理解が早いから待つ必要がない。高齢者になると待てない。たとえば隣の人が質問をしているときに平気で割り込んだりする。50歳代もそういうのがある。

入会時に自分が年なんだから、自分を尊重してほしい、という意見も挙がる。「後ろを向いてください。あなたは決して年を取っていないのです」と私は笑顔で言う。すると、少し恥ずかしそうに「ああ、あんなおばあちゃんでも頑張っていらっしゃるなら私もがんばれるかしら」と仰る。(あなたも、十分に、ご高齢ですが?)このせりふをぐぐっと一気飲みする。

キレるというのもあるのだけど、たぶん、全体的に高齢者は不安なんじゃないかと思う。
忘れられる不安。年を取って昔のようにできない不安。自分だけが老化しているんじゃないかという不安。
パソコンという言うことを聞いてくれない機械。クリックすると怒られる。(エラーメッセージのことをご高齢の人はみなさん「怒られた」と表現する。ちなみに、セキュリティ警告も怒られるものの一つ。)

ご高齢者に関して、「使いやすさ」の中には「不安の軽減」が多く含まれていると思う。
この機械はあなたにも安心して使えます。それがこれからの機会のキーワードじゃなかろうか。

以下余談。

そして、実は、最近、本当によく思うこと。
それは教育。

学んでない人は、学ぶ姿勢がない。学んだ人は我慢がきく。これは、本当に本当。答えが出ない時間を受け入れられる。学んでいない人は、答えがすぐに出ないといらつく。

肩書きがある方、という言い方は好きではないが、努力して、上まで上がった方ほど、考えることが習慣づいているので、考えることを厭わない。(これは肩書きがない人は努力ができないという意味ではなく、肩書きがあった人は比較的努力をする人が多い、という意味。学歴主義でも、肩書き主義でもない。)

反対に、学ばない出来てしまった、学校の勉強なんて嫌いさ、勉強なんて何の意味がある。という人ほど、まずは「考える」ということがどういうことかということが解らないと前に向けない。奥様でも、「私、お勉強が好きで、昔から本を読んでいたのよ。」という方は、解らなくても学ぶ、キレずに学べるが、「私ー。昔遊んでばっかで、勉強なんて全然したことなーい」という方は、比較的キレやすい。「解るように教えてよ!」とヒステリックに叫んでしまう方はそういう傾向がある。

直線思考、というところでも書いたが、すぐに答えをほしがるので、キレてしまう。
ご紹介したエントリとは少し違うが(犯罪ではないので)がまん、ということを知らないという点では同じかと。

その我慢は、考える時間と似ているんじゃないかな、と思う。

学ぶことが楽しいといえること。学んで成長する自分が楽しいと思えること。
そして、学ぶこととは関係ないけど、誰かに必要とされること。だれかに必要とされて、愛を感じること。
それだけでも老人は落ち着くんじゃないかなあと思う。愛だろ、愛。(古いですねー)

愛する・愛されることに結果(テクニック・直線思考)をだしたがるスイーツ(笑)雑誌の吊革広告を見ていると、自分たちの未来がちょっと不安になる。

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直線思考

いまどきの、大学生も多いんだろうが、私の周りには少ない。
が、少し下くらいの社会人に結構多いのかも。
「で、どうやるんですか。」っていう質問する人。

私はこれを直線思考と呼んでいる。
若い子よりもシニアのほうが断然多い気がする。
(もしかしたら、友達に恵まれているだけなのかもしれないけども)

「どうやればいいのか教えてください」
「考えたけど解りませんでした。」
「どうやってやればいいのかわからないのでやり方を教えてください」

教えるほうとしては、概念からきちんと理解して応用が利くようになって欲しい。
しかし、少なくない人は、それを求めない。だから、応用が利かない。
しかし、それであきらめてはいけない。手を変え品を変え、理解を促す。シンプルに、概念を記憶してもらうよう心がける。伝わる言葉を話す。それが我々の仕事である。やりかただけを提案するなら、本を読めばわかるわけだし。

先日からアルバイトに入ったS君は某大の大学生。(うちはアルバイトに大学生がいる)

昨日、とうとう現場に出る日になり、秘伝マニュアル?で教え方を伝授する。
半信半疑に聞くS君。うちのコンセプトやら学びに対する姿勢やらを含めてとうとうと説明する私。

「いい?伝わらない言葉は、言った分二酸化炭素が増えるし、エネルギーも使うし、それはただの無駄だからね」と言い聞かせて彼は初めて現場に出た。

緊張しつつも丁寧に生徒さんに接するS君。

途中でいらしたのが、Sさん。Sさんはパソコン自体があまり好きではないし、好きでないうえに仕事で使わなくてはいけないため、すごく焦っている。だから、今得た知識をひたすら頭に流しいれて、それはまるで川の流れのようにとどまることを知らない。だから、応用が利かない。やりかたばかりを学ぶから、直線で覚えようとするから、例えば、フォントを12にするのはわかっても、14にするのはわからない。

最初、「教えること、というのは本質的に一緒だと思う。」と言っていたS君も、終わった時には「うーん、自分の言いたい事を伝えるのってすごい難しいし、普段は少しいじればできると思っていたんだけど、皆さん、いじる前に答えを聞きに来るんですね。なんか、研修で言われたことが、ようやく実感できました」

素晴らしい着眼点。

「いじる前に答えを聞いてしまう」

「直線的に物事を考える」


答えが出ない状況というのはとてもイライラするもんなんだと思う。
たとえば、恋愛をしていても(推測ですが)相手の気持ちが解るまでイライラ、相手の気持ちが解ったところで、つきあってから「○○君の気持ちが解らない」とか「何を考えているんだろう」とか、「結婚すれば、この不安から逃れられる」

ああ、なんて直線的。

確かに、物事は原因と結果で成り立っていて、結果があれば原因があるし、原因があれば、それは幾通りもの結果になる可能性がある。

しかし、結果と原因の関係、というよりも、原因→結果の流れが短すぎる。紐の先にあめがぶらさがっている。あめのぶら下がっている仕組みを理解せずに、あめと紐のことばかりとらわれるから、紐を引くたびに、あめが違うことが概念として理解できない。うーん、言葉って難しい。

物事をシンプルに考えるのは好きだが、「この原因にはこの結果」というパターンを作って、それがあまりにも短いために、応用が利かない。

「もっとシンプルに考えようよ」と、私はよく言う。
しかし、そのシンプルは、たとえば、日本酒のシンプルなきれいな味に似ていて、さまざまなプロセスを通った後のシンプルさに似ている。
今のシンプルは「はい、米用意してー。いろいろやってこのタンクに入れてー。酵母投入~。ハイ酒出来た~」そんな感じ。シンプルな振りを見せて応用が利かない。すべてをパターン化して、パターンは経験とともに増えるばかり、そしてパターン同士の連携はない。

答えがほしい症候群。
こうなったらどうするの。

「少しいじる」S君の常識はここでは一切通用しない。「これができたら次も出来ると思わないんですね。シニアの人は。」

計算ドリルは直線的思考だ。計算ドリルは脳を活性化させるのにはいいけども、プロセスを考えるには、自分で道を開発するにはやや足りない。(ただ、計算ドリルが必要な人もたくさんいる)

どうして、「考えよう」としないんだろうと多くのシニア層を見て思う。
人は学ぶことが楽しい、と、私は思っているのに、本当は楽しくないのだろうか。
(ここでは、学ぶ=考える)

#学ぶということについて考えると堂々巡りで考えがまとまらなくなるのだけども。

直線的に考える。応用が利かない。これはたぶん、加齢に依存するところが多いと思う。
(ほんとかな?ほんとじゃないかも?)

新しいことには興味があるのに、難しいことはしたくない。
機械を買ってしたいことがあるのに、考えたくないから説明書は読まない。
説明書を読みたくないから、したいことの、答えだけ、教えて。

ウェブサイトでもそう、ソフトウェアでもそう、さまざまなものがそう。
覚える手順を減らす。最低限の記憶・学習だけでいいようにする。それが「使ってもらうコツ。」

それはビジネスを考える上でとても重要なことだけど、やっぱりなんか、辛い。
もちろん、シニアの人は言う。
「マミコさんは若いから、いいのよ。歳をとったら、そうなるわよ」

そうなるのかな、と少しへこむ。

へこんでいたら70近いYさんが私を慰めてくれた。

「あの人はね、昔自分が若かったことを忘れちゃってるんだね。確かに、忘れっぽくなるし、つらくなるけど、若くていいわね、なんていっちゃあいけないよね。」

それで少し救われた。Yさんは一生懸命考えて、自分のものにしようとしている。私はそういう人たちを筆頭に、考える、学ぶ楽しさを伝えたいなあ。

直線的に考えることはすぐに答えが出て楽。
でも、考えるプロセスって楽しいのにな。
どうやったら、その楽しさが伝えられるんだろうかな。

#ということで、ちょっとPR.
年齢問わず、オトナ・数学塾を始めることにしました。
計算ドリルではなく、きちんと1問に対して、その解法のプロセスを考える力をつける、というものです。
とはいえ、サークル程度で始めたいと考えているので、5名くらいで始めます。
第1回は5月上旬。昔数学でぶいぶい云わせていたのに、最近全然やってないよー。数学いいねーという方はぜひご連絡を。(ちなみに、先生は現役大学生、自分たちの好きな問題をそこで解くって感じです。目安は1問10分~30分くらい?)

考えるということを習慣づけたいな、と思う方はぜひ。月1回開催。場所は弊社(小さな)事務所です。レベルはどうだろうー。もしかしたら高校1年くらいからはじめないとまずいかも、なのが私のレベルです。(センターの1問目にえらい時間がかかって凹んだ)

コメント欄でも構いませんし、気張らずに、ご参加いただければ幸いです。

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アクティブシニアって?

「いまどきのアクティブシニアはこの位の事は出来ますかね」と、聞かれた。
#多分、この・・・かね、というのは私の方言(微妙な山口弁)な気がします。実際はそんな風には聞かれてない気が。

「アクティブシニアを対象にしたいんですが、アクティブシニアはそれなりにパソコンとかも使ってるんですかね」

ふと考えた。
皆は、アクティブシニアは「活動的で元気で、それなりに消費行動もあって、好奇心も強い」と考えているんだろうなあと。

しかし、さらに考えた。

「活動が出来るようになったし、定年退職しても好々爺じゃなくなっているのは事実。」

昔は引退と言えば、隠居のようなもので、毎日盆栽相手だったり、時折部下から意見を求められて「わしゃあの」と自分の意見をさりげなく言って・・・・という感じだった気がする。

ところが、今では定年退職後がパラダイスである。
多分、これをアクティブシニア、という言い方をするんだろう。
セカンドライフ、というよりは「より自分らしい(?)生活を」「余暇を楽しむ人間らしい(?)生活を」。

この考えのもとに動くのがアクティブシニアなのだろう。

だがしかし、残念ながら行動のアクティブと頭のアクティブは違う。
アクティブシニアだから良く考えて比較をしながら行動をしたり、情報の裏を取ったりするか、と言われれば「否」。
#とはいえ、そんなことは大学生だってする人は少ないですが。

よく活動するアクティブシニアだからと言って、全員が頭までアクティブであるとは考えない方が良い。
どちらかというと知っていることの中で行動を起こそうとする。そう、幸せな日本。

つまり、
シニア向けのコンテンツを作る時に、その辺をきちんと考慮しておかないと、あまり見てもらえないということ。
シニア向けに販促活動をする時に、その辺の事も加味しておかないと販促手段が間違ってしまうということ。

このことを覚えておいた方がいい。


#しかし、「知らない事」は幸せだし、考えない事は最大の幸福。
#たとえば、浮気に気付かない妻と浮気に気付いた妻、どっちが幸せなんだろう?浮気されたという事はおいといて。

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簡単モード

仙台に教室がオープンいたしました。

今朝から生徒さんが通われています。
まあ、いろいろな方がいらしているのですが、「ずっと自己流でやっていました」という66歳の女性。

彼女を見ていて思う。
できるということは、できないことを知ることであると。(哲学のかほり)

とあるソフトを使っている。
初心者でも簡単にできます。というデジカメソフト。
最初からついているもの。

「この間調子が悪かった時に息子が来てサラにしたら写真が消えてしまったので、他の物に保存したい」

まあ、バックアップである。

しかし、そのソフトは、バックアップが簡単にいかない。
なぜか、うまくいかない。

初心者と思われている部分であればそのソフトを使えばなんでもできる。
しかし、そのファイルの場所をみたいとか、そういうちょこっとした「小難しいこと」をしようとするとなにもできない。
初心者なんだから、そこで満足してよね、という感じ。
「簡単」の押し付け。

彼女は簡単を求め、そして、「簡単」の意味を知らない。自分のしたい行為が簡単かどうかも解らない。まさか自分がしたいことが簡単モードにないとは思わない。
ソフトメーカーは簡単を「こうだ」と決め、その簡単を押しつける。
そこに溝がある。


私はパナソニックのMP3プレーヤーを使っているが(というか、身近な電気製品はすべてパナソニック。)音楽を取り込むときは「簡単モード」を使う。簡単モードでできることをほぼ把握して、それで十分であると思っているからである。

初心者は簡単モードの意味を知らない。
だから簡単を把握しない。簡単にできることを求めるのに内容は簡単モードを簡単に超えたりする。

ユーザーも悪いなあ。と思う。
でも、メーカーも、簡単モードでできることを提示せずに「簡単だよー!」って言うのもずるいなあと思う。本当は簡単じゃないのに簡単だって言っちゃあいけん。と思う。

難しい世の中だあね。

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キれる大人?

解る人にとって、解らない人というのは想像もつかないと思う。

どうでもいい話ですが、先日、甥っ子にバレンタインのチョコレートをあげました。
同じものを大人2人にもあげました。(私に色恋とかそういうのは期待しないであげてください)

大人の反応
「すげー。さすがだ」「チョコといった瞬間にまさかモリマミからまともなものが来るとは思ってなかったけどこれは面白い」

甥(8歳)の反応
「なにこれ?なんでカニなのにチョコなの?意味が解らない」

子どもにナンセンスは通じない、というよりもセンス(共通常識:チョコはチョコらしくあるべき)がしっかりと確立していない段階でセンスを崩そうとすると教育上よくないのかも。(でもあげちゃう)

先ほど話していた方、「ホームページを作りたいんです」そういうのは私が担当しているので、話をじっくり聞く。
「ほら、なんとか省みたいに攻撃を受けたら困るでしょ」

「えーと、よほどのことがない限り、サーバを借りるわけで、そういうのは心配しなくてもいいかと。」

「ほら、掲示板とかあるじゃん。2ちゃんねるとか、ああいうの、掲示板はつけなくちゃいけないかな。2ちゃんねるとかいろいろ書き込まれたら返事をしなくちゃいけないから大変だよね」

「・・・・・。えーと、今の話の流れと2ちゃんねると、どういう関係なんでしょう?自社で掲示板を持つということですか?それとも、2ちゃんねるに書き込まれたくないということですか?」

「今のホームページは僕が一日何回か見て検索エンジンに影響があるようにしているんだけど」

「自分で見たからと言って、カウンターが上がったからと言って、検索エンジンには関係ないと思われます」

「ぼくさ、自分のホームページにアイデアがあるんだ。掲示板とかつけたり」

「○○のホームページを作ろうと思うんだよね。いろいろ情報を集めて問い合わせて・・・」

「でもさ、僕メールできないから、だれかバイトの子でも雇って」

・・・・・・・・。メール、、、できないか。。。。ぬぬぬぬぬ。

「更新頻度が高いならブログにしたらいかがでしょ」と私が問うと
「ブログ?いろいろやっているって噂に聞くけど、みんな、芸能人のブログしか見てないんでしょ?」


ちなみに、本当に普通の商店主さん。いろいろ情報をききすぎた商店主さん。人の良さそうな方。
構想は広がるが、その工数とかは想像もつかない商店主さん。

解らない、という世界を解るようになるのには難しい。

で、私はすぐにやらなくちゃいけないこともあったこともあり、話の整理がつかないことに少し、いらいらしていた。

そんな中こんな記事

加齢に伴い、キレやすくなる傾向もある。脳の前頭前野の外側部が衰えてくると、怒りっぽく、キレやすくなる。諏訪東京理科大の篠原菊紀教授(脳・人システム論)は、こう言う。

 「高齢者がキレやすいことは、抑制力がなくなってきていることの表れです。幼稚園児から80歳までの脳を調べていくと、怒りなどを抑制する機能は 30歳をピークに徐々に落ち始め、60歳になると、6歳児とほぼ一緒になってくるのです。高齢になればなるほど先のことが思いえがけなくなって、衝動的に目先のことばかりに思考がいくのです」

これは高齢者と考える力について情報を探していた昨日にであった記事だけども、それよりも30歳がピークという文章を読み、ああ、私はこの程度の抑制力がピークなのかと、それでは60歳になった時は私はどうなっているんだろうかと、不安に思えてならない。60歳になったら自宅で東京タワー型のチョコレートを買ってゴジラの気ぐるみ着て東京タワーを倒しまくってやる。えい。

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やっぱり老化中

シニア層の口癖がうつる。
先日同級生と話していて、私の話し方が異常におばさんくさいのに衝撃を受けた。
やだわー、もう。(ちなみに、やだわー、の所ではなぜか手を出して相手を軽くたたくのがミソ。)

ところで、シニア層。
共通の「口癖」がある。
私達の中で「これが会話に出てきたら、シニアだなあと思う」

それは

「やっぱり」。


やっぱりそうじゃない?やっぱりそう思うんだけど。やっぱり、やっぱりじゃなーい。

どこの女子高生だ。やっぱり女子高生じゃないか。

やっぱりさー、こう思ってたわけ。
と、とにかくやっぱりが多くなる。
これを話していると、わが社の打ち合わせ中にも「やっぱりさ」が増えて来る。ああ、全社で老化邁進中。

先日40代前半くらいの方と食事に行った。
「やっぱり」を連発される方なので、どうしてどうして、若く見えるけども考え方は意外と年なのね、と思っていたら、なんと50歳を過ぎていた。なんと。なんと。やっぱり若く見えるわね。いまどきのシニア層は。

やっぱり、と言う言葉は共通の固定概念があることを示している。
自分が思っている事を言葉にせずに相手と同期を強制的に取る、と言う点で、「やっぱり」が連呼されると自分の頭が固くなってきているという事を暗に示している。

ということで、ご自分の会話に「やっぱり」比率が高くなると頭の中が急激な老化を迎えているという事、そしてご自身の周りに「やっぱり」を連呼する人がいたら、その人は50歳代後半以上の考え方をしている、もしくは頭が固くなっていると思った方がやっぱりいいとおもう。


年齢見分け方法β
※外見に騙されてはいけない:これは本当に思う。
1)口の周りのシワ
2)「やっぱり」の連呼率

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高齢者の見方

現場から離れる日が続くと、なんだか自分の発言がうそくさく感じられる。
言葉にリアリティが無くて嘘っぽいのだ。

ということで、出来る限り現場にいようと心がけているのだけど、まあ、いろいろ大変である。
解らないことがある。こちらが教える。解らないんだよね。それが。会社で。という話が延々と続く。
解決しただけじゃだめですか?ご自身で解決できなかったことを、この3日間、どれほど悩んでいたか、延々と話が続く。「まあ、解決しましたしね」と言ってみる。火に油。目に涙。「この書類を他の子が作ってくれたんだけどね。そうそう。この部分がわからなくてねー。聞いちゃえば早いんだけどね。でさあ、この子が」(以下略)

ところで、高齢者は視野が狭い。とにかく視野が狭い。ウェブサイトのどこを見ているのか、直ぐにわかるような視野の狭さ。さらに、聞くところによると全体的に黄色がかり。。。

しかし、それがどういう状況か解らない。
私は目が悪い(とはいえ、0.3くらいあると思う)。メガネを取るとボーっとしている。ボーっと。でも、文字が見えないわけではない。輪郭がぼやけている感じ。普通の男性が素敵な男性に見えるほどではない。めがねがなくても実はパソコン操作は問題ない。結構見えている。
そんな感じを表現するのは難しい。

ということで、「高齢者メガネ」を買ってみた。
こんな感じ。(ケータイカメラです。)
しっかり写ってるほうがメガネなし、うすく黄色がかっているのが高齢者メガネを着用した携帯カメラ。
200802091428000

200802091429000

ほんとかなー。と呟きながら、しかしそれを実証できない。
まあ、ご参考までに。

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ご利用は計画的に。

年末ですね。
本年の業務は28日にて終了です。新年は、なんと7日からです。(正確には5日も営業しておりますが・・・)

本年もいろいろと御世話になりました。
はてぶのコメントをいただいたり、直接コメントを頂いたり、直接メールを頂いたり、実際にお会いしたり、飲んだり、とはいえ、トラバに関してはかなりスパムが多く、間違えて一括削除してしまったりもしてしまいましたが(大筋粗忽者)、大感謝です。

今年度中に27教室できるなど、弊社のパソコン教室も数が増えてまいりましたので、来年は他教室とも連合しながらより精度の高い消費行動、そして多様なモニターさんにご協力いただこうと考えています。
そして、ささやかながらおにいさま・おねえさまのワンダーワールドの御手伝いと明るい未来作りの土台作りをしていこうと思います。来年もよろしくお願いいたします。

さて、年末ですよ。
年末といえば、弊社は年賀状地獄です。
今年は例年よりおとなしい?と思いきや、今になって、年賀状ラッシュです。

そんな中、電話がありました。Hさん54歳。

「私、去年通ってたの、覚えてる?」
(私)「ええ・・・(なんとなく・・・・同じ名前の人多いんだなあ。。。)」

「ところで、私、去年年賀状作ったんだけど、どうやって作ったんだっけ」

(私)(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

「なんかソフトを使ったのよね」

(私)「なんのソフトでした?」

「富士通!」

(私)(いや、それソフトじゃないし!ハードだし!)

「そのなんかのソフトで画像の取り込みの仕方を忘れちゃって」

(私)(いや、その前にそのソフトがわからなくちゃ指示のしようもない!)

「困ってるのよね、どうすればいい?」

(私)(それは私が教えてほしい。)

(私)「とりあえず、いらしていただけますか?」

「でも、暇ないのよね。年末は忙しくて」

(私)「・・・・・」

毎年末、ご利用は計画的に、という言葉が頭をよぎる。

とにかく、いろいろ大変なのである。ふぅ。どうやったら心の広い人になれるんだろう?

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いごこち

先日、妹(新卒)の会社で忘年会があったそうです

我が家は姉妹で年が離れているのですが(長女と三女が10歳差。私は真ん中)話題も比較的妹が中心で自分では妹との年の差をあまり感じたことがありません。(体重は彼女のほうが上ですし。)
よく、年の差姉妹は話すことがない、などと聞きますが、そんなことはなく、うちは3人いれば私以外の二人が永遠にしゃべり続けています。(ちなみに、信じられないことに、3人の中では私が無口キャラと、自分を思っている)

さて、その忘年会の中で「もりちゃん(妹)は本当にオジサン受けがいいよね」と言われたそうな。
帰ってきて嬉しそうにその話をしたものだから、「で、誰がおじさんなの?」と聞いてみたら、なんと、私と同い年ぐらいの人たちを指しているというではないか。許すまじ。私がおじさんといったら70歳過ぎなのに(それも変だといわれる)

ところで、シニア。
私は若いと思っている。僕はほかの人に比べて若いと思っている。
その割に、若い子と話しても話が通じないとも思っている。

これは矛盾じゃないか?とふと、そんな話題になった。
口コミでも何歳の人が書いたか知りたい、同じくらいの年の人と話したい、60の人が20の人とじゃ話が合わない。

でも、同い年の仲間ばかりは老けそう、お友達はみな老けているけど僕は若いんだよね。

あれあれ?

妹の忘年会で私と同い年ぐらいの若い人が妹に「もりちゃん(妹)は若いのに話が普通にできるよね」と言われたと。「まあ、うちはお姉ちゃんが結構年なので」と言ったと聞いて、思わず妹の着ているカンガルーパジャマの尻尾をふんずけてやった。

年相応、というのがある。
若すぎもせず、年過ぎもせず。
ジャニーズと言えば光ゲンジだよね、という私と「やっぱりなんとかでしょ」と言う女子高生と。

それは、年齢を与えられて、あなたはミソジだから光ゲンジです、とか、あなたは25歳だからV6ですとか、そういうのじゃなくて、その年齢相応に好きになる場所とかアイドルとか、話題とか、場所とかがある。

年齢で場所を与えられるんじゃなくて、そういう場所をネットでも、リアルでも与えられること。
それが、そういう年齢の人が集まるんじゃないかと思う。

かくいうわが社も対外的にはシニア向けパソコン教室、と言っていますが、ご本人たちにはシニア向けですと言ったことはありません。シニアの方が多いです。とはいいますけど。
しかし、そこに集う人々が作る雰囲気、醸し出す感じがシニア向けなんだなあと思います。

年齢で区切るサービスがいろいろはやっておりますが、本当はそういう場所を作為的に作ってそういうところに居ついていただく、というのが一番強いのではないかと。ネットでも、リアルでも。

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シニア層と携帯電話とメール

家族がシニアの方にコミュニケーションツールとして携帯電話をプレゼントするといったシーンがあるが、実際にプレゼントされるケースがどれくらいあるのかを含め、「現在、最も使用している携帯電話」の入手方法について尋ねた。結果、今回の調査では「自身での購入」が89.5%とまだ大多数を占める結果となり、「家族からのプレゼント」は、7.2%にとどまった。

60、70歳代における携帯電話所有率が8割を超える--通話以外の活用も進む

当社が先日調査したシニア層とコミュニケーションと情報源、ここでも8割がたの人が携帯を持っていたのでちょっとほっとした(笑)

実は男女で携帯電話の利用方法はだいぶ違う。
そして、男女で携帯電話を買うプロセスもだいぶ違う。

女性にとって男心が解らないのと、男性にとって女心が解らないような物?(ちょっと違う)


女性はPCから携帯に移りつつあるというのを感じた。色々な発言を聞いていても「ケータイはすぐ見れる(つまり、ケータイメールを使っていると言う事だ)」というのは女性。「携帯は必要最低限の通話しかしない」のが男性。携帯が連絡手段なのが男性、女性にとっては井戸端会議、というか、よくもまあ、たくさん喋れるものだと、私は女性の通話を横で聞いていて思う。素面の時は私は用件しか伝えないから。

メールも男女で随分違う。
用事でメールするのが男性、「元気?」でメール出来るのが女性。

携帯の買い方も違う
機械物はオレサマが選ぶ男性、「よくわかんないことは全部聞いちゃえ。」の女性。

買ってからの行動も違う
機械を研究する男性は説明書にマーカーを引く。説明書と聞いただけで頭痛がする女性は娘か息子に聞く。時折ご主人。ボタンが3つ以上だと頭痛がするのはなぜだろう?

というので、私達が実施した調査では男女差がちょっとお腹を抱えてにっこりしてしまいたくなるくらい差が出た。

どちらにアプローチをするのか。だれが購買者なのか。
某友人曰く、「団塊男性はね~、自分で自由になるお金がないよね」 確かに。
「女性は結構溜めこんでいるからね」 確かに。

どの商品が男性が決定権を持っているのか、女性が決定権を持っているのか、そして誰の意見を重視しているのか、きちんと見極めないとそろそろ団塊市場が面白くなくなってしまう。

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いまさら・・・

人生は「いまさら」であふれている。

例えばこのブログ、カテゴリが既に破綻している。
今更ながら直したい。が、今更直すわけにもいかない。(面倒だから)
尚、今更であるが、カテゴリはきちんと分けた方がいいと思う。はい。(反省中)

Yahoo!辞書 1 もっと早ければともかく、今となっては遅すぎる、という意を表す。今ごろになって。「―何を言っているんだ」 2 今新しく。今改めて。「―注意するまでもない」 3 初めて。

さて、シニア層と話していて先入観が大きい、という話は以前しましたが、彼らは同様に「今更」という単語も多い。
先入観で出来ないと決め付けるか、今更だからしないという選択肢をとるか。

今更それをするなんてねえ。といいださせない仕組みを提案する。
今更、といわれたら、それを活用する使い方をする。
今更を分解すると、年甲斐も無いのでやりたくない、というのと、年甲斐も無く・・・(照)の二通りだと思う。

今更・・・といわれたら、今更だからこそ、やる価値がある、と返せる仕掛けが必要です。

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シニア層と情報源

「なぜシニア向けは失敗するんだろう?」とふと考えた。
今目の前にある、今月末くらいに発表する予定の調査結果と、色々なオキャンシニア(おきゃんって言わないですか?)の顔を思い浮かべながら。

どうシニア層にアプローチしていけばいいのかということを、自分のために回答を出すための自主調査を先日行った。結果は非常に有益で、リリースにどこまで盛り込むかワクワクしている。

私は情報源は娘だと思っているし、息子をもつ母と娘をもつ母ではミーハー感覚が違うのよ、と思っている。
普段シニア層と話していて、息子の話をする母はちょっと少年を思い浮かべるような目で、娘の話をする母は悪い友達と付き合っているようなやんちゃな目で話すから、多分、そういうつきあいをしているんだろうなって。

そんなことを思いながら結果を見て、「じゃあどうしたらシニア層に効率よくアプローチできるんだろう」と思う。
そして同時に「なんでシニア層にアプローチできないんだろう」と思う。

まあ、その結果はでてしまったのだけど(テレビ、新聞、インターネット、娘、雑誌)
一つ、数字に出ていないけども、パパさんは勉強が好きだし、ママさんは、60歳になったら50歳の頃より子どもがいない分自由になって、そしてテレビとか見て、・・・って、情報源が50歳代と大きく変わらないんじゃないかと思った。もちろん、ママ友は少なくなる。でも、テレビ、新聞は(本当かどうかわからないけど)読んだり見たりしている。

となると、いつ自分が歳をとったことに気づくんだろう?

4年前に同じ事を思ったのだけど
女性は、歳をとるタイミングがないんだ。

改めて思った。

だから、歳をとるタイミングをきちんと持っている男性が作るシニア女性向けはなんかずれてるんじゃなかろうか。

今回の調査で男女の差が大きく出た。
情報の入手の仕方、咀嚼の仕方。
娘や息子など生の情報源との連絡手段などなど

そういうのを一緒くたに「シニア」とくくっちゃいけないなあ。うん。

今日も日中、そんなことも話していた。
ふーむ。

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10秒チャージ、3分キープ

今日、久しぶりに現場に出ました。
夏休み頃から非常にバタバタしておりまして、現場監督(!?)はするものの殆ど教えていなかったのです。
ヒアリングをするときにはシニア層に接しますが、やはり知っている方のヒアリングとはいえヒアリング中は少し緊張していらっしゃるので、まるきりいつもどおり、というわけには行きません。

今日は久しぶりに教えましたが、迫りくる締切よりもよほど大変でした。本当に。
普段、口では言っています
「本当にすぐに忘れますからね、記憶を持たせておくような仕掛けが重要です。ネーミングにしろ、ウェブデザインにしろ。つまり、記憶がなくてもできる状態でなくてはいけないのです」

寝言でもいえます。


しかし、今日、現場に立って、今説明したことが私がくるりと他の人を見ている間、それはほんの3分の間、突然呼ばれて「ごめんねー、さっき言ってたこと、その瞬間は解ったんだけど、後ろ向いたら忘れちゃって」

向くなー!後ろー!


昔、ウィダーインゼリーの広告が 10秒チャージ2時間キープ、グリコだって2時間フルマラソン?

しかし、実際の現場は10秒チャージ