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教えるということ

今度は教える立場からいろいろ考える。


「教える」というのは、わかっていないことに気付くことだと思う。
決して教科書を読むことではない。

だから、よく解らない人が教えようとしても、「解っていない事」に気付けないから、うまく伝わらない。

教えることを考えないと、教えることはうまくならない。
自分でも初心者くらい教えられるという人は、たぶん、教えられない

初心者ほど教えるのに難しい人はいない。
共通概念がない、解るという意味が解らない。
答えがあっていればいいのではなくて
解き方が合わないと応用が利かないが
初心者は焦ってしまうので、答えだけ帳尻を合わせようとする

だから、混乱する。

習っている人はわかっているかどうかの判断が自分ではできない。だから、これは、教える人がしなくてはいけない。

となると、e-learningの限界がある。

映像だけ見て理解できるのは
解っている人で
解らない人は、自分が何で躓いているのかわからないので
ワカラナイ。

ふむ、今からやろうとしている通信講座で
この点をどうクリアするかが課題だ。

追記、

つまり、人の仕事は観察だ、ということだ。
分析の傾向は見えても観察は人にしかできない。のか?
教えるというのも、ただ教科書を読むのではなく
相手の観察を含めて教えるという行為ができるのだと思う。

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たくさんのメモ

自分用メモ。

・ 今日伺った90歳
 デスクトップとディスクを混乱していた。
 デジカメのSDカードのフォルダにフォルダが二つあり、どちらを開いていいのかわからない→大混乱
→一つが駄目ならもう一つを開けばいいのに、と思うのは出来る人の考え方で、出来ない人にはわからない

・「ユーザーである」と「ユーザー目線がある」は全然違います、全然
http://blog.livedoor.jp/kensuu/archives/54416701.html

自称「初心者の気持ちが分かる、なぜなら自分も初心者だから」という人は教え方が下手。
初心者は、初心者がどこで引っかかっているかを確認することができない。

教えるということは、
その人がどこで勘違いしていたり
間違っているかを発見する事であるんだ。
だから、出来ない人にはできない。


シニアビジネスを「シニアだからする」というのもちょいと違う気がする。

ユーザーであるのと、ユーザー視線を持つのは違う。

ユーザー視線は観察のもとにできている。

色々な人にたくさんあって、観察して
バイアスを出来る限り減らす必要がある。

って思う、今日のメモ。

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困っていることに気付くことは難しい

アンケートの集計をしながら
人は大して困っていないし
困るということは、気づきなんだな、ということを認識した。


たとえば、私は陶芸を5年近くやっているが
上達していない。(きっぱり)
だが、困らない。
困らない程度にしかやっていない。

困らないというのは、上昇志向がないんだ、ということだ。
困るというのは、改善をしたいと思う気持ちなんだ。
もしくは、
困るというのは、今やっていることができなくなるということだ。

今日のお客様は
今までやってきたことができなくなったので「困った」

でも、もっといいようにやりたいとは思わない。

上手くできなかったら回避しよう
そうすれば「困る」から逃げられる。

汚いソースコード書いても困らない。
だって、どうにか動いているから。

人は、あんまり困ってない。

シニアも、正直、あんまり困ってない。

出来る人から見ると、とても困っているように見えるが
本人は困ってない。

困ってるでしょ、と声をかけられても
意味が解らない。

ということを深く深く考えさせられた。
原点から見直さねばならぬ。

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