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ITリテラシのこと。

ITリテラシが高いとか、低いとかって
どうやって指標を設けているんだろう、と常々思う。

「シニア層のITリテラシがあがってきている」

とか、

「ITリテラシが低い人にリーチ」

とか、そういうご相談をいただくが
その度に、頭を抱えてしまう。

まず、私が「リテラシが高い=プロ」と思っているのは

やってはいけないこと、
できないこと、
無理だという限界を知っていること

だと思っている。

では、低いとは?

自分ではITリテラシが高いと思っている人がいて、
聞くと、その理由は「インターネットで困っていないから」

その割に、仲間内で楽しむちょっとしたワルイコトを
平気でFBにアップしたりしてしまったり、
思い込みで間違ったネットの知識を披露していたり、
うーん、それは、リテラシが高いと言えるのか、

と悩む。

でも、ご本人は高いという。
一度、間違いを指摘したことがあるが、
自分は解っているから大丈夫的な返信を頂き
まあ、いっかー。と、そのまま放置してしまった。

「自分はITリテラシが低い」
というシニアも、買い物だけは問題ない。
だが、自分でITリテラシが低いという意識があるために
クレジットカードは使わない。
何かあったら怖いから。



全然関係ないが、
ウェブ閲覧の方法は、作っている人と作っていない人で見方が変わる。
アイトラッキングをやると顕著に出る。
作った人は、情報がどこにあるか知っている。
作っていない人は、情報がどこにあるか推測すらできない。

では、作ってない人を全体的にITリテラシwが低いと言えるのか


保護者会の資料作成を手伝っていた時に
ネット関係の某企業の方が講演をしていて
その時の質疑応答を読んだたら
「ウィルス対策ソフトを入れたら、パソコンが遅くなったのですが、ウィルスが入ったのでしょうか。怖くてそれ以降パソコン使ってません」的な質問があり

リテラシとか、そういう枠を一歩超えて
なんか、違う指標を、そして、明確になる指標を作り
そこから教育していく必要があるなーってちょっと思った。


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公式ブログアップしました

公式ブログ書きました。

シニア層と消費

よくシニア層の財布を・・・云々話を聞くし
色々な取材を受けるが
ハレとケを混同しているように見える。

というので、大好き家計調査から
割り出しました。

私としては

★時間消費が金銭消費につながる★

定年退職後の生活に

世間で言われている
「シニアと消費」の温度差があるような気がしてなりませぬ。

あとは追記として

自分から開発はしない、が、
連れて行ってもらえると消費するというのも特徴だと思う。
これもいずれ書こうかな。

用意された場所には行くが
自ら開発は一部の女性しかしない。

しかし、そこに女性を連れていくと
どうしたことかと思うほどに購入する。

うん、だから、連れ出そう!
シニアの生活をワクワクさせて
消費してもらい、日本経済を活発化させよう!

というので、お暇なときにお読みいただければと思います。

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若者のパソコン離れ

何でもかんでも離れてしまう世の中になったなあ(棒読み)

若者の車離れ、がよく言われる。
かくいう私も、運転が下手すぎて、日本の平和を守るために
運転をしないでいる。

しかし、そういう話ではない。

最近、弊社に応募する学生アルバイト生のスキルが何となく変わってきている。

昔は、パソコンが好きで好きでたまらない人が応募していたのが
(もちろんそうでない人もたくさんいたが、好きでたまらない人もいた)

最近は、そうではない。

パソコンは手段だから、と言われたら、その通りである。

しかし、パソコン好きとしては
新しいフリーソフト試したり、増強したり、箱あけてわくわくしたり、
少しでも早くしようとレジストリいじったり
色々なことができる楽しさ、作る楽しさ、知る楽しさ、壊す楽しさがあると思っている。

まあ、その楽しさは人それぞれだからなんでもいい。

昔は、そういう私と同じ楽しさを感じる学生がたくさんいた。

しかし、最近は少ない。

話を車に戻す。

昔、すっごい車好きのおじさんと話していた。
その人はエンジン替えたり(?)ドア替えたり(?)
車のカスタマイズ(?)がとても楽しいらしい。
車が大好きで、ヤフオクで車のパーツ(?)を買っているとのこと。

(?)が多いのは、まったく私が理解できていないので、合っているかどうかわからないためである。

私なんぞは、車は走ればいい、エンジンとかよく解らない。

その話と、パソコンの話、
実は「製品の完成度による消費者の無関心」という共通点があるんじゃないかな。

今は、パソコンも車も「手段」であり
利用者はそこに「自分で進まなくちゃいけない」感がある。

昔は、パソコンも車も「カスタマイズ楽しいw」人もいて
その人たちがいろいろ引っ張ってきた気がする。

うーん、何が言いたいか。

つまり、
現在の完成品は「モノ」に対するワクワク感、発掘感が少なくなっていて
楽しむための努力(コンテンツ的なサムシング)は自分で開発しなくてはいけない。

だから、最低限でいい。
できればいい。

その製品が不完全だった時代は
それをいじることに熱中していて、他の人よりもより完成に近いモノを求めて自慢しあう。

だから、だから、
若者の車離れとかって
車が楽しくないんじゃなくて、
製品が成熟しているがゆえに
楽しみをモノに見いだせないんじゃないかなって思う。

成熟市場と言われるが
物が余っているんじゃなくて
完成品が多すぎるだけなんじゃないかと。


と、ふと。

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シニアと経験と仕事

最近、シニア層の経験を活かして云々企画的な
お仕事の相談がよく来る。

色々なシニア層のヒアリングを行っているが
その経験は本当に、活かせるものなのか?

スキルを活かすためには

・時代とのマッチ
・スキルの質
・人に伝えられる力

この3つが必要になってくる。

行政のボランティア登録とか
スキル登録にはたくさんの人が登録しているが
その質の担保はどうなのだろう。

弊社も求人を出すとたくさんの方にご応募いただけるが
自分のスキルをきちんとプレゼンできる人は
本当に少ない。

だから、「体験」は積んでいても、
「経験」としては積んでないんじゃないか、
多くの人は、「経験」と「体験」を混同してるんじゃないかと
思ってしまう。

責任感が少なくて
人と話せて
お小遣いがもらえる仕事

結局そこに誰もが落ち着いてしまう。

私は、再就職を希望(正社員、パート含め)しているシニア層には
今だからこそ、自己分析とか必要なんじゃないかと思う。

どういう老後にするのか、
老後設計についてきちんと考えて
そのために、タスクを出して
動き出す。

これを定年退職後にすぐにしなくては
明日に先延ばししていると、だんだんできなくなってしまう。

定年退職前に
本当はそういう「老活」的な教育が
必要なんだなー。

「今のシニアは若いから」で
色々な見えにくい「老化」に
ぎゅーっと目をつぶっているように見えるので
そこも含めて、この年末中にいろいろ考えなくてはいけないなと思う。

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子どもの楽しいこと

子どもが楽しいことを書き出してみよう。

・褒められること
・面倒を見る事(お姉さんぶるとか、おにいさんぶるとか)
・買い食いとかの秘密を持つこと
・くじびきとか、あたるもの
・スタンプとか集めるもの
→結果が見えやすいもの

・新しいことを知る事

・冒険
・新しい世界
→守られているが故かなあ、
→大人になると、それ知ってるー、と、知ってることに当てはめようとか、経験則を持ち出したりするなあ

キーワード
・お姫様
・手作り
・競争
・かわいい
・体を動かす(ダンスとか)

大人になって、経験則とか
失敗しないことを覚えるようになると
新しい挑戦を
「ああ、それ、あの時やったけど」とやらなくなる。

「感覚が若い」とはどういうことだろうか。

見た目の若さとは違うかな

見た目への若さはすごく皆さん熱心だけど
心への若さはイマイチ熱心ではない。

それは、たぶん、自分は若いと思っているからだろう。

しかし、若者と並べてみると、
心の老化はすごい。

なるほど、心の老化に気づいてないからこそ
気づきやすい見た目の老化対策を気にするのか。

しかし、あなたの心、老化してますよといっても
たぶん、ヒットしないだろう。

心が老化している!ということに気付くようなワードが必要だ。
そして、老化を抑えることが、子ども時代のワクワクにつながるということを
イメージさせる何かが必要だ。

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若さへの嫉妬

今、私は生まれて初めて
若さへの嫉妬という感情を持ったので、メモ。

若さが持っているもの
・清々しいほどの根拠のない自信
・希望、未来
・恐れることがないこと
・いいわけがないこと
・背伸び感

それをすべて持ち備えている人に会い
おお、若さとはこういうものか、
と感激した。

年を取ると
・分別臭くなる
→できない言い訳から探す
・できないいいわけをやらない言い訳にする
・いつかやりたいなーと思っているのよと言いつつ、今を守るためにやらない

私が彼に会って、思ったことは
「彼は未来にあふれている」

では、一方で私に未来がないかといえばそんなことはない。
少なくとも、会社の長として、
やりたいことはできるし、
なりたい未来に近づけることもできる。

なのに、私は思った。
彼は、未来にあふれている。

すごくうれしくなった。

その一方で、
高齢化社会を迎えた時に
このあふれ出る希望や若さがない未来って
どんな感じなんだろう、

おお、若いってすっごい!っていうキラキラした
希望が薄くなる社会って
少しテコ入れしなくちゃ、
もっともっと、未来をキラキラさせなくちゃ、

と思うのでありました。

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公式ブログアップしました

シニア女性と女子力アップいたしました。

あくまでもこちらは草稿、
公式ブログが本番という立ち位置になります。
どちらもどうぞよろしくお願いいたします。

ところで、ここのところずっとシニアと女子力で考えていたが
本当にそれでいいのかな、というモヤモヤ感も消えず。

女子ってる間はとても楽しいのだが、
女子ってるときには
少し難しい問題が起きたり
多少難しいと感じられて
そこに色気(カワイイ)がないと
女子たちはすぐにそっぽを向いてしまう。

きれいになろう!
きれいになってワクワクするぅ!

はすごく伝わるが

そのついでに、ちょっとだけ挑戦しようよ!

となると

「無理無理~」と言われてしまう。

そのハードルを下げて
挑戦する事が

おしゃれかっこいいかわいい かんたんそう

にするために、どうしようかと
頭をひねっている。

皆が眉間にしわ寄せて、喧々諤々の議論を戦わせる社会も
ちょっとどうかと思うけど
「難しいこと、やだー」という社会も
少し、私としては、気に入らない。

ということで、現在の悩み事は、そんな感じなのだ。

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やらない理由

はじめる理由を聞くのも楽しいが
はじめない理由を聞くのはもっと楽しい。

デモデモダッテ

パソコンを始めない理由は
 はじめて夢中になって他のものがおろそかになるのが嫌
 別に仕事で使うわけじゃないし
 必要最低限できれば問題ないし
 この年だし
 面倒だし
 別に、何するわけじゃないし
 何ができるか解らないし
 みんなできないし

いろいろ聞いていると
面倒というのは、ものすごい
ブラックホールワードなんだと思う。

年を取ると、とても腰が重くなる。
色々な
デモデモダッテが増えてくる。

できた+その先の
世界が見えるように提示するのって
難しいな、

でも、今、研究中。

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いろいろメモ

今回、もっともっとシニアのことを考えなくちゃいけないことがあり、
その時に出たメモを、メモとして残しておこう。

・大人になると、必要・不必要という軸が出る。
自分の人生の中で、それは必要か不必要か。
私が思うに、世の中の9割9分は、そういう分類でいうなら不必要だと思う。
ただ、自分が自分らしく生きるために不必要は必要だ。
という哲学的な感じで?
その「不必要」と思わせるサムシングを解明して
それは、彩に必要だよということを伝えていかなくちゃいけない。と感じた。

・不満な状態に気づかない
「何ができるのかよく解らないのよ」という人に対して
「なんでもできますよー。あなたのやる気があれば」というのは
正論だが正解ではない。

こんなやりたいこと、あんなやりたいことを色々提案していかなくちゃいけない。
特にシニア層は、想像力が摩耗してくるので
ワクワクスイッチをオンしなくちゃいけない。

海外旅行に出ない若い人というのが話題になったが
日本にいて色々な情報が得られるし
日本は安全なのだから(?)
海外に出る必要がないという意見もあり

多分、その「海外」を新しいものに置き換えると
シニア層の気持ちが解るのかなあと思った。
だって、今十分だから
新しいものを得る必要はない。
そこに、新しいものをねじ込むのはちょいと失礼なのかも。

ステキでしょー。いいでしょー

といわれても、
「はぁ・・・(早く終わってくれないかな)」という
あ、合コンで、自慢ばかりする男性みたいだ。
(幸運にも1度会ったことあるよ!)

しかし、自分もインドにはまっていた時には
どうしてみんなインドに行かないんだ、人生変わる!と叫んでいたから
人間というのは、自分が好きなものをごり押ししちゃうんだろうなあ。
ジャイアンツとかジャイアンツとか。

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情報の整理/追記

今、80歳近いIさんのプライベートレッスンをしていた。

Iさんはすごく昔からできる方で
メモの取り方も素晴らしいし、
復習もすごい。

が、いくつか「高齢化のサイン」が見られたのでメモ。

・大人になるにつれて情報の整理が苦手になる

うちの数学塾に通う大学生を見ていても思うのだが、情報の整理とはとても難しいらしい。
何が解っていて、何が解らないのか
その文章は何を目的にやっているのかを途中で忘れてしまうようだ。

Xだけが解らない状態であれば我慢できるが
Yが出てくるとちゃぶ台ひっくりかえしちゃうような。

高齢者になると、情報の整理が苦手というだけではなく
経験がその情報の整理中に混乱していくように見える。

途中まで以前と同じ操作だと
以前の操作が何のためで
今の操作が何のためなのか
よく解らなくなってしまう。

また、ショートカットも混乱のモトだ。
今まで、1,2,3とやってきたものを
1、3でやれますよ、という説明も難しい。
どうも、追記ができない仕組みになるようだ。

追記が難しい分
やり方を覚えるしかなく、
検索結果の上から3番目という覚え方になってしまうんだなと
なんとなく、自分の中で納得した。

#ブログ→Twitter→FBと流れて、結局「書きたい願望」はブログに戻ってきた。
自分の行動が不思議。
見てくださっている方ありがとうございます。
当面ひっそりとやっております(^^

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子どもが楽しいことは、大人も楽しい

メモ:今度の公式ブログはシニア女性と女子力について。


年を取ることは、年輪を重ねるようなものだと思う。
その年輪は、時として
角質みたいになってしまう。

「大人」という角質が
色々な挑戦を出来なくする。

年を取るとできなくなることが増える。
新しい情報を手に入れることが難しくなる。
(どうしてだろう?)

世代的な楽しい、も変わってくるだろうが
よくよく見ていると、
子どもの頃楽しかったことは、けっこうみんな楽しい。

御姫様ごっこだったり
合ハイで、ほのかな恋心だったり
歌だったり
知らない場所に行ったり
そういうのって、今も昔も変わらない。

女子だったら、綺麗なもの・可愛いものを持つことは
大人になっても心浮かれることなんだと思う。

最近、そんなことを意識しながら
女子力アップを心掛けているのだが
女子力トリガーがあれば
その辺のシニア女子は、
おっさん女子の私よりも女子力のアップ幅が広い。

何もしなければマイナスになってしまう。
マック赤坂じゃないけれどもw
マイナスからプラス、
ネガティブからポジティブ!

それを、今のシニアビジネスは
プラスとかポジティブとかばかりクローズアップしているから
中にいるシニア層は
それに疲れてしまうんじゃないかと思う。

マイナスから0へ。
0から0.1へ。
そうやって段階をつけていくことが
シニア層の消費を活発化させるだけじゃなくて
高齢化社会のモデルケースになるんじゃないかと
最近思ってる。

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○○なのに というキーワード

80歳なのに○○なんて凄いですね。
 
こういうキーワードは、周りがシニア層についてどう思っているのか
その制限事項を知ることができる気がしてきた。

全部の年齢に言えるんじゃなかろうか。
(ざっくりざっくり)

10歳なのに
 難しい本を読んでいてすごいね
 一人で遠くに出掛けるなんてすごいね
→庇護の対象

20歳なのに
 しっかりしているね
 いろいろ知っているね
 しゃべりがおっさんっぽいね
→若くて未熟、初々しい、大人への階段?

30歳なのに
 幼いね
 子どもっぽいね
→ふむ、30歳代でなにかが変わる。
30歳代なのにいろいろ知っているね、というのはない。
(私はよく戦前のことを知っているねと言われるが、それとは別)

40歳なのに
 若く見えますね
→ここから、こういう言葉が入るのか!

50歳なのに
 若く見えますね
→???

60歳なのに
 色々挑戦してますね
→ほう!ここだ!50歳代でたぶん、「人間としての結晶」みたいになるんだろう
で、60歳ではもういろいろな新しい挑戦をしないという思い込みがあるんだ。

70歳なのに
 パソコン出来るんですか?
→むむぅ、もしかしたら、周りが「高齢者」を作っているのでは。

ぬぬぬ

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最近のシルバー層に言われたこと

「65歳検診の手紙が届いて、年を実感した」
というのは仲良しのMさん。

再就職の定年日が近づき
誕生日が今までで一番億劫に感じられたとか。

80歳になったSさんは
好奇心がどんどんなくなっていくのが解ると。
それでも、体にムチ打って出かけるようにしているのは
出なくなると、できなくなるからだ。

Tさんは83歳でうちに通っている。
やりたいことは多くないけど
やらないとやれなくなってしまう。

70歳になったMさんは
最近、とても色々なことが面倒くさいらしい。

75歳になったTさんは
75歳になって、がっくり体力が落ちたように感じるとのこと。

元気な日本をつくるために
彼らの好奇心を向上させる、
体の元気も大切だし
心の元気も大切。

高齢化社会は逃れられないので
せめて、守らなくちゃいけないお年寄りよりも
楽しいお年寄りを増やすことで
見本となれるような社会にしたいな。

そのために現在企画中~

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学生さんと就職活動

復活第一号は、シニアの話題ではなく、学生の話題。
(多分、まだ誰も見てないうちに。)

ここ3年くらい、縁あってなぜか就職活動のアドバイスとかをすることが多い。

そんな中、今日、学生クンに言われた。

「リ○ナビは40社以上登録しろって言っているんですよ」

思わず目を見開いた。

40社の数に驚いたわけではなく
推奨していることに。である。

自分は所謂「就職活動」を大失敗した。
そして、起業したりいろいろして
縁あって大学卒業とともに就職し、
そして本当に人に恵まれて今に至っている。
さらに、現在では採用する立場になっている。

だからこそ、いろいろな視点で就職活動を観察できると思っている。

で、だ。

だからこそ、だからこそ、
40社少なくとも登録しろというリ○ナビに驚いているのだ。

とりあえず送られたレベルのエントリーシートを何千枚も読んでいる
担当者の気分にならないのだろうか。
どこの会社を受けてもいいような同じような内容で

ラブレターを100枚貰ったけど
ちょ、私の名前変えて、花子ちゃんにしても
通用するじゃんwwwみたいながっくり感。

合コンで、君かわいいねと
手当たり次第声をかけているような。


そうすると、足切りが発生する。
婚活中であれば、年収何万以上じゃなくちゃいやよ、とか、
身長何センチ以上じゃなくちゃいやよ的な、アレである。

それが、就活だと、学歴になり、SPIなどのテストになる。
その足キリを超えないと履歴書を見てもらえない。
(もちろん、そうじゃないところもある。)

そして学生は、自己否定(これもよくわからんが)された気分になる。
何かのせいにしたくなる。
焦るからどんどん受けてしまう。
企業の方も疲れているから嫌になる。


そんな、お互い疲れて嫌になる就活なんて
なんて辛いんだろう、と思う。

なんか、いろいろ「すべき道」「やるべきこと」
所謂「常識」とか「世間体」とかが
たくさん人を縛っているように見える。


それが正しいのかどうか振り返るタイミングがあればいいのだけど
大体は疑問に思わず大人になってシニアになる。

シニアをたくさん見ていると
若いうちの教育ってすごく人を左右するんだなと思う。

シニアになってから変わることはできるのか?
それは今実験中ではあるが
若いうちにどんな人に会って、どんな影響を受けて
疑問を持つ訓練をして、発表する訓練を受けることって必要なんだなと思う。


ということで、幸せな就活のために
会社に自分を選んでもらおうとか
そういう活動もいいけど
もっともっと、違う就職活動はできないかな、と思う。

例えば一人10社しか受けちゃダメ。とか。

いつもシニアに話が行ってしまうのだが、
シニア層の就活も残念なことが多い。
もっと自分を違う形で
相手に届くようにPRすればいいのに、と思う。
でも、就職したいという焦りが
履歴書を台無しにしているケースを何度も見ている。

大人になってからの自己分析も大事だ。

と、話がまとまらなくなったところで今日はここまで。

※本ブログはまとめの前の草稿段階でポストしてます。
※まとめた状態は公式サイトにアップされますのでご容赦を。

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ブログ、再開します。

大変ご無沙汰しております。

公式サイトに移ってから、こちらで書くこともなくなってしまったのですが
突然思い立ち(思うところなく)再開することにしました。

基本的に、有益な情報は公式ブログのほうに書いてまいります。

こちらはあくまでも、公式ブログの草稿段階というか
思っていることをつらつら書くブログです。

主にシニア・シルバー層のことがメインですが
多分、時折、学生のことも書くと思います。

そして、少しオヤジギャグ多めになるかもしれません。


今考えてること。(書きたい衝動に駆られたモノたち)

・なぜ人は、若返りについて、見た目を磨こうとするのか
・すごく若く見えても、学びを見ると年齢が解る。
・老いが始まるタイミングとはなんだろうか
参考
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/1128/557369.htm
・私は年だから、いい年して、等の口癖で、シニア市場をグループ分けできないか
・シニア女子力すごい
・人は変わらないのか
・変わらないと仮定したら、今のファッション誌の系統などを分析したらシニア女性が見えるのでは。
・年を取ると丸くなるのか、頑固になるのか、

という感じです。


少しずつ、無理せずに復活します。
今では殆どアクセスがない本ブログではありますが
もし、どなたかご覧になりましたら
今後ともよろしくお願いいたします。

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