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ユーザーを知ってから改善が始まる。

A君という男の子がいる。イイヒトである。

彼は今、モテたくてたまらない。

彼の今の原動力は「モテ」である。

だから、最近彼は頑張って、出会えるような場所に行こうとしている。

だが、残念なことに、モテない。

彼は試行錯誤している。雑誌を読んでいる。モテる方法をググる。

友達に聞く。「お前、良い奴だけど、寡黙なんだよな。もっとしゃべればいいと思うよ」と言われる。

彼は勉強熱心なので、「誰とでも 15分以上 会話がとぎれない!話し方 66のルール」を買う。

なんて努力家だ。モテの原動力はすごい。いや、ほんとすごい。

だが、相変わらずモテていない。

女の子としゃべるのはできるようになった。
話も少し続くようになった。

だが、モテない。

今、彼に必要なのは、「モテたい女の子にどう見られたか」という評価なんだ。
周りの人はあーだのこーだの言う。
彼を知れば知るほど、あーだのこーだのいう。
服装を変えろとか、爪を磨けとか、襟を立てろとか、メガネしろ、ネクタイがいいとか。

しかし、実は彼は、女の子と話しているときに緊張していて、相手の話を聞いていないのか、うまく返せないのである。だから、彼は「話が続いている」と思っていても、ただ、時間が経っているだけなことが多い。
うまく返していないから、女の子が疲れた顔をしている。途切れさせないことを考えるのではなく、話を繋ぐことを考えなさい。話を拾いなさい。会話のバッティングセンターはやめよう。

それは、女の子と話している彼を見ないと、だれも言えない。
ただ、彼は、早く、この事実を知るべきなのだ。彼が変わるための第一歩、いや、モテるための第一歩として。
改善したからといってすぐにモテる魔法ではない。
ただ、前よりは、前進できる。


この話は、限りなくフィクションですよ。フィックション。God bress you.


そんなような話が、現実に、ECサイトにある。

集客する、買ってもらう
その間に、キャッチコピー、文章構造だのいろいろ試行錯誤している。
もっと解ってもらいたいと文章が多くなる。(あーっ、これ私もだ)

とあるお店では、いくつか選べるパックのなかで、その商品説明と、シーン提案が離れすぎていてユーザーを混乱させていた。よさそうな店なんだけど、選びづらいと、消費者談。

ECの場合、オーダーを取りに行くことはできない。
だから、お客様が買いやすい、買い回りを考えて、手に取って、そのことだけを考えてぽちっとできる状態を作る必要がある。

だが、どこでひっかかるかなんて、正直、買いたい人にしかわからない。
口ではなんとでもいうが(あー、いいねー、ソレ、とか。)実際にサイトを見てもらうと全然違うところを気にして買っている。私は品質にこだわるの、とかいって、1か月でウエストマイナス5センチとか書いてあるところに「限定30個」とかあると、あまり読まずに、ぽちってしまう。

重要なのは、ユーザーがどう見て、どう行動しているか、ということである。

それを知ることで得られる効果は
1)自分はユーザーと違うということを認識できる
2)認識できるから「ユーザー視点」でサイトを構築できるようになる
3)ユーザー視点でサイトを構築するから、ユーザーが自然体に使えるサービスを提供できる

私は常々思っている。
サイトの改善は、ユーザーがー自分と違うということを知ることからはじまると。

しかし、残念ながら、多くのECサイトは、超大手以外、そこまで手が回っていないのが現状である。

私は、超大手の会社だけではなく、多くの、愛されている店にユーザー視点を注入したい。
まずは、気づくことから。

そこで今回、お試しコースを作ってみた。

動画にきちんと解説を付けます。
どこで迷ったか、なぜ迷ったかなどユーザーの声も含めてお出しします。

アイトラッキングでユーザーテスト見エールお試しコース10月限定

タスクなどは当方で決めますが、その前にヒアリングを行います。

ユーザーテスト、いつやったらいいの?という質問、
改善するまえに、どこを改善すべきか知るために
よくしたいな、と思った時にやるといいですよ、と答えている。

件のA君も、雑誌を見て、いろいろ改善しているが
どうも方向がずれている。あなたには、王子様スタイルは似合わないよ!

フィックション、

10月限定のコースですが
お申し込みは受け付けておりますので
よろしければぜひ、この機会にユーザー視点を体感してください。

(お申し込みは受け付けてますが、実施は10月3日以降からです。)

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私とあなたは見えているものが違う

昔の話。
とても素敵な男性がいた。
遠くから見てカッコイイナーって観察していた。

ある日、近くで話す機会があり
ニコッと爽やかに笑った彼の笑顔に私は釘付けになった。

歯石がひどかった。

思わず、見たくないが、見入ってしまった。

惚れている女の子なら、彼の眼を見てうっとりするとこだろうが
彼の歯石から目が離れない。

いや、本当は離したい。
彼の笑顔全体が見たい。

が、口元に釘付けになった。
見るべきところはそこじゃない。

私は目をそらしながら、適当に相槌を打って去って行った。

「俺に惚れてるのかな。だから、まっすぐ目を見れないのか」
と、彼は思ったかもしれない。(知る由もない。覚えてもないだろうし)

私は2つの教訓を得た。
1)憧れの人は、遠くから見ること。よき人は、遠くにありて思うもの

2)きゃぴきゃぴした雑誌には、
女性は男性の手を見るとか、目を見るとかいろいろ書いてあるけども、

気になるものにはくぎ付けになってしまい、そのほかのことに目が届かなくなる

ということだった。

実は、サイトでも同じなのである。
一般的にZ型だの、F型だの言われても、
そのサイトに「何か」があれば、目が釘付けになる。

しかし、その「何か」はサイト制作者にとって自然過ぎて
相手がそんなところを見ているとは、まったく気づかないのである。

下記動画、ご覧ください。
(協力感謝:販促・宣伝・ノベルティ・粗品用、名入れペンならオープニング(別ウィンドウ)
一般ユーザーは真ん中の青いペンが目立ちすぎて、そこから視線を動かせないでいます。
反対にオーナーさんは、青いペンが普通に見えるので、立ち止まりもしない。

思いもしないところでユーザーは目が留まってしまう。
そう、まさかの、歯石とか。
もう、歯磨きの広告が作れちゃうほどに。

ところで、

弊社のある高田馬場は学生ローンが多いのですが
あまりにも普通にありすぎて気にも留めていませんでした。
空気のように、駅の鉄腕アトムの壁画のように、高田馬場になじんでいました。

しかし、遠方よりいらした方が「高田馬場ってすごい学生ローンの看板が多くて異質」
とおっしゃったのです。

そういわれると、確かに。
確かに、そういえば、
ほかの駅ではそんな看板を見ない。

あああ、日常って怖い。
当たり前って思っていることって怖い。

高田馬場の駅に学生が転がっていても
「春が来たんだな」くらいにしか思っていないのに
ほかの地域から人が来るととても驚かれる。

電柱に人がとまっていても
「ん、今日は早慶戦か?」としか思わないですが
ほかの地域からいらした人は警察に通報するレベル。

高田馬場に染まりすぎている私に絶望した!
お銀座とかに染まれる女子wになりたい!
丸の内OLとかに染まりたい。
今の私じゃ顔が丸いOL(OLでもない!)

ということで、
ずいぶん長い前置きですが、

自分が見えていないものを、ユーザーは気になる。
そして、オーナーは、制作者は、それに気づかない。

気になることは、
オーナーにとっては風景になっているような普通のことで
相手にはちょっと引っかかるようなこと。

それを知るためには、ユーザーを観察するしかわからない。

と、思う。

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ユーザーの当たり前を観察する


生きていると、いろいろな「当たり前」が蓄積する。

たとえば、私は、Googleの検索結果の上位に出ているものが広告だと知っている。
当然のごとく、広告だと思っている。
そして、その広告の裏には、広告主がお金を払っているという事実も当たり前だと思っているし、広告主だってクリック率を高めるために頑張っているのだから、そこに情報がありそうならクリックしてもいいと思っている。

先日、普通に使っている方が「これはなぜ色がついているのか、重要だからか」と聞いてきた。
「広告です」と答えると「じゃあ、クリックしちゃダメってこと?」と聞いてきた。

ちょっと混乱した。

なぜ「広告」=クリックしちゃダメなのか。
広告と書いてあるのに、どうして「重要なもの」と認識したのか。
Googleの右側に出ているものはなんだと思っているのか?

慣れている人にとっての「そりゃー、広告だよね!」という「当たり前」は
一般ユーザーとかい離していたりすることもある。

これ以外にも、普通にしか使っていない友人の会話は、私の周りの所謂ネット民wの認識とは違うことが多い。

あ、そういう風に思ってたんだ、そう解釈してたんだ、ということに驚かされるとともに、自分がとても業界(笑)にどっぷり浸かっているんだなあということがよくわかる。

反対に、自分のよくわからない業界については全く解らない。
それが常識なんだよ、と言われても、その常識の手前から解らない。
えー。それを常識と言われてもぉ。。。と思うこともある。

あー、その気持ちわかるぅと、言葉上共感する女性は多いが
そんなのウソだと思う。お互いは、なかなか、解りあえない。

だから、お互い、わかっていないということを認識して
お互いをわかる努力をするように心がけるのが
サービス、なんだと思う。

先日ガイアの夜明けを見ていて
「消費者を科学せよ!~客を呼ぶ秘密は"行動観察"」
http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber3/preview_20110920.html

とある企業のベテランさんが、行動観察の結果からくる改善点に対して「それは今までにない」「そんなことをしたら回転が悪くなる」など仰っていたのですが、実際、その提案通りに実施して改善したという話。

ちょっとした手に取りやすさで、さりげなく売り上げが伸びていく。
お客様も大して手に取りやすさに気づかない。
聞かれると「これがあるといいっすよね」と答える程度。
「あるべきだと思ったんっすよー」という人はいなかった。

お客様にアンケートで聞いても、その案は出てこない。お客様は気づいていない。

じゃ、仲間内で相談すればいいのかというと、自分の仲間内で話していても、それは、同じようなクラスタの「常識」から出られずに、お客様のそばに立っていないことがある。

お客様に提案する場合
自分たちの「当たり前」を基準に考えるんじゃなくて
お客様の「当たり前」を観察して、理解しようとして、提案する必要があるんだなあと
改めて思った。


って、なんでこんなことを思ったかというと
定額小為替が必要になり、郵便局に行って申込用紙を書いた。
が、値段のところの書き方を間違ってしまった。

それを指摘して下った郵便局員さん。
「ここにあるじゃないですか。(なんで気づかないの?)」と。

かなりの老化が始まったのかもとショックを受けると同時に
ああ、初めての人の「ないだろうな」と思ってみる申込書と
毎日見慣れていて「当たり前だよ」と思っているところに
たぶん、大きな差があるんだろうな、と思ったから。

私も知らないうちに、慣習とか、当たり前が溜まっているんだろう
それに惑わされず、より活かせるように、気を引き締めよう、と思った。

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ユーザーの普通

私は、一ユーザーとして、ユーザーが大好きである。
ユーザー、という言い方はおかしいな、
利用者であり、人である。
色々な人がいるから、毎日人に会うだけでとても楽しい。

ユーザーのそばにいないと
ユーザーのことなんてわからない。
というのが、私の信条である。

ユーザーテストをやっていても、いつだって新しい発見があるのは
ユーザーがそばにいるから。

ユーザーの行動にしか答えがないから
あまり、「一般的に」という言葉は使わない。

時折、「ニュースで流れていて」「テレビで見て」
今、この年代にはこれが流行っているとか人に言われるが
なんとなく、言葉にリアルさがないなぁーと思う。
まあ、ニュースで取り上げられて人気が出るということはありますが。

ニュースで、テレビで、というのは、
なんとなく、人間がそこにいるのが感じられない。
データを信じるのもいいが、
そこにリアル感を肉付けするのは、実際のユーザーである。

しかし、ずーっとユーザーの近くにいると
疲れが少しずつたまっていくのも本音なのである。

なんでだろう。

少し疲れてぐったりした後に、
自分なりに出した答えは
「ユーザーの<普通>に振り回されるから」
でないかと思った。

数少なくない人が、データで人を見るように、
多くの人は、自分と自分の友達で「普通/一般的」を判断する。

周りが韓国ドラマを見ている人が多ければ
「今、世の中的に韓国ドラマが流行っている」という判断になる。

自分だけパソコンを使えていて、みんなは大したことがないと思っていれば
「多くの高齢者がパソコンを使えない」と判断をする。

友達みんながそこそこ使えるようであれば
「いまどき、中高年でもほとんどの人が使えるでしょ」となる。

しかし、たくさんの人に話を聞くと
世の中は韓国ドラマに一日張り付いている人だけじゃないし
高齢者は使えている人は増えているし(使えない一定層はいるし)
中高年も、パソコンを使わせてみると、メールで返信しかできないとか
そんなの良くある話だ。

たくさんの人が、たくさんの「ふつう」のなかで生きている。

それを押し付けられると、私は疲れてへたーっとなってしまうのだ。
「ふつう」圧力に弱いのである。
(反論をしても意味がないし、普通の範囲が狭いことを話すものあまり生産的ではないので、黙ってしまうため。)

私が女子高生だったころ
(記憶のなかではつい最近。でも実際はかなり前)
コギャルとかいう言葉が流行りだして(私よりちょいと遅いか)
確かに、渋谷にはコギャルだらけだった気もするが、
そうじゃない世の中もあるよなーと思っていた。

「女子高生の多くがコギャルである」という報道を横目に
おっさんたちとジャイアンツを追っかけていた
浮いている人間である。
(そもそも女子高生をドロップアウトしてるので超浮きまくりであるが、コギャル以外の友達もたくさんいた。)

確かに、サッカーファンは多かったし(Jリーグができたあたり)
多くの友達がミサンガ(懐かしい!!)をしていた。
女子高生が野球好きというのであれば、巨人ファンよりもヤクルトファンだった時代である。

そして、みんなが「いまどきはサッカーでしょ」「ヤクルトでしょ」「古田でしょ」「B'zでしょ」「Xでしょ」と言っているのを聞きながら、アメリカにホームステイして「日本にはジャイアンツという世界一素晴らしくて強い球団がある。日本は野球大国なのだ」と適当なことを言って帰ってきた。適当すぎる。すみません。

つまり、世の中の流れを感じるためには
データだけでも、
今であった人間がその世代をすべて代表するんだとも
思ってはいけないんだと思う。

ただし、サービス提供者としては、
その中で、どの層を狙うのか、
その層は、世代のなかでどういう立ち位置なのか
どういう情報に接して
どういう言葉をしゃべって
何を普通と思っているのか

ということを、数字と肌で感じなくちゃいけないんだと思う。

ユーザーの「ふつう」に惑わされない。
ユーザーが「普通はさ」「私の周りみんな」という言葉を信じない。
ユーザー本人の行動しか見ない。

そして、ユーザーの「ふつう」を知り、客観的に観察するのが重要だ。

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ニュースは人が作る、ということ。

8月の終わり、日経新聞の夕刊に弊社運営パソコン教室が掲載された。
「スマートフォン、シニアも夢中」である。
民主党代表戦の中、3版までは写真付きで掲載された。(ありがとうございます)

12月にスマートフォン講座を開講して以来、じわじわ受講する人は増えている。
が、まだ弊社のなかでは主流ではない。
展示用のiPhoneをさわり、楽しそうにしているものの、「こういうのは使いこなせそうもないのよね、今の携帯だって使いこなしていないのに!」と使いこなせないの魔法を発する人もいる。

記事は真実。だけど、すべてではない。

全員が使っていたらニュースにならない。
火がつく先っぽにいるから、ニュースなんだと思う。

記事はいろいろ聞いてくださった中のエッセンスが詰まっており、さすがプロ、というまとめ方だった。
が、やはり「ニュース」である。
一般ではない。じわじわの気配である。
実際、記事が出てからじわじわ問い合わせが増えている。
「僕も始めたいので教えてほしい」という問い合わせが。


そんな中、とあるメディアから電話があった。
「最近、シニアの方がスマートフォンの利用増えているって記事を読みましたが、どういう利用方法をしようとしているんですか」等など。

とても感じのいい方で、お応えできる限りお答えしたのですが、日経の記事を読んで、ニュースにしようかなと思ったという話だった。(正確には「日経をご覧になりました?」と聞いて「ハイ」と回答を頂いたのだが)

それはなんか違和感だった。

情報源に取材してニュースになる。
そのニュースを基にして、ニュースを作る。
それを見て、世の中は「これがトレンドか」と思う。
所謂「ソースは新聞な!」である。

あー、ニュースって、人が作るんだな、
作ったモノしかニュースにならない、そんな当たり前のことをしみじみ感じた。

現場から離れれば離れるほどリアル感は薄まる。
その薄まった中に「一般向けニュース」が出来上がっていく。
そして、それが「ふつう」になる。

だから、メディアを見て、それがシニアの姿だと思ってはいけない。
全体枠を見るのも大切だけど、ニュースになった姿がシニアを代表していると思ってはいけない。

すべてはユーザーのなかにある。
記事で「最近」を語ったらダメだなって思った。

すべてのリアルに接せなくても、多くの「リアル」に接しよう、という気持ちと、その行動を忘れちゃいけない。
1名のリアルですべてを語るのはちょっとなあ、と思うけども、接しないよりはいいし、1人接したらほかの人もいるかもと、いろいろなところに探求しに行くのがいいと思う。

#私も自分が知らない世代はよくメディアで「いまどきの・・・」と語ってしまうことがあるが、できる限り気を付けようって思った。ほんとに。

#ちなみに、11月に別件で少し放映されるかもしれないし、されないかもしれない。さらに、このメディアのご担当の方、とても丁寧でいい方でした。ただ、違和感があっただけで。

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