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本格派

教える仕事をしていると、基礎がものすごく大事なんだと解る。
一番しんどいけど、一番重要。基礎ができていない人は応用力がない。基礎をおろそかにする人は、やっつけで前に進めるが、進歩が遅い。
まさか自分が教える仕事をするようになるとは全く思っていなかったが、教えてみるといろいろなことに気付かされる。

なので、教える人は言うんです。
「基礎が大切です。」

ところが、習う人はそうではない。
「基礎よりも、実際にやってみたい」
「やってみてから基礎を覚えればよい」

まあ、それも一理あるんでしょうが、癖がつくと、抜けるのが難しいですからね。

「プロになるんじゃないし」

そのとおり、この言葉が葵の御紋のようなものだ。それ以上発展しません。と言っている人にどう教えるかはとても悩むところ。

弊社ではパソコン教室のほかに、最近、お絵かき教室も始めた。併設、というよりは弊社の生徒さんがほかの生徒さんに教える形だ。

教えている生徒さんは学校の先生だったこともあり、「基礎基礎」と仰る。

そして、今日、教えられている生徒さんが言った。

「わたしたち、先も短いんだし、プロになるんじゃないから、もっとちゃちゃちゃと出来るものをやりたい。デッサンとかつまんないからヤダ。カルチャーセンターだったら、もっと簡単にいろいろなことをやらせてくれるのに」

そうだよなあ。
先も短いし、プロになるわけでもない。
じゃあ、なんで習うんだろう?それっぽいことが、簡単に、したいから?

パソコン教室の生徒さんも言う。
「先生たちは若いから基礎からやった方がいいかもしれないけど、僕たちはもう先が短いんだから、インターネットだけできればいいわけ。」

「どうせ死ぬんだから、難しいことしたくないし」と言われてしまうと、「どうせ死ぬんだから、今すぐ死ぬって選択肢もありだなあ」と思いつつ、彼らの欲望を満たさなくてはいけない。

#どうせ死ぬのに、って考え方が好きではない。私だってどうせ死ぬ。誰だって死ぬ。だからこそ、限られた命を精一杯生きて、使命を全うするのが個人の役目だと思うんだけどなあ。死ぬまでの人生計画をきちんと立てておこうと思う今日この頃。

多くのシニア層は、もちろんシニア層だけではなく、若者も、本格なんて求めていない。
絶望先生に「はぐれ刑事本格派」というキャラクターがいて、本格的すぎてはぐれちゃうんですが、蕎麦打ちセットが売れているのも、本格「っぽい」のがいいんだろう。本当に本格的な人なんて、あんまりいない。

できた感じ、出来る感じ、成長している感じ、成果物が見える感じ、そういうものがシニア層対象のビジネスに必要な雰囲気なんだと思う。

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もちろん、本格はシニアもいます。が、多数派ではありません。本格シニアの方は本当に素敵です。自分は、本格シニアを目指して頑張ろうと思います。基礎は大事です。
自分も陶芸を学んでいて、時折「プロになるんじゃないもん」切り札を出したくなる時がありますが、自分を戒め、死後傑作と言われることを祈る駄作を作り続けています。欲しい人はどうぞ。あげられるもの作ってませんけど。
ところで、Nさん、今年度中にはお約束の湯のみが送れるかと・・・期待しないで待っていてください。

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忘却力

人間は、忘却の生き物である。

毎日毎日、いろいろ忘れて、いろいろ美化しているから、たぶん、生きていられるんだと思う。
歴史が面白いのは、きっと、雑味が時間の流れで取れてしまうからなんではないかな。

先日、久しぶりに中学時代の同窓会に行ったのだが、そんなに仲が良かった記憶がないG君が「お久しぶり-!」と近くにきた。
「僕さあ」とG君が言う。
「中学校時代に○○ちゃんが好きだったんだよね」
へえ、そうかい。(隣に塀ができたんだってねー)

「でも、モリに中2の時にバレンタインに手作りチョコを貰って嬉しかったんだよねえ」

へえーー。そんなことがあったんだ。あげた(らしい)本人が度忘れ。へーへーへー。
っていうか、手作りチョコはコストパフォーマンスがいいので、社会に出て忙しくなる前はずっと手作りだったのだ。

「それだけなんだけどさ、嬉しかったってことを言ってみようと思って」とG君は去って行った。

その時に、しみじみ思った。人間はどうでもいいことは忘却するし、残ることは、だいたい、美化されている。美化なのかどうかおいといて、そういう美しい思い出は、残るらしい。

さて、話は変わってシニアである。
人間は忘却の生き物だが、加齢により、忘却力は加速していく。
そして、若い人と同様、「美化された思い出」だけが残る。

例えば、昨年以来1か月ぶりに教室に復帰する人が相次いでいる。(年始は結構忙しい)
まあ、みなさん、すっかりきれいに、忘れている。

だがしかし

やったことは覚えている。美しく、仕上げた自分を思い出している。美化する過去。

「なんだ、前だったら、こんなのチャチャチャとできたのに」

いや、それ、かなり美化しすぎ。そんなにできていないはず。

やりかたは一切、忘れているが、やったことは覚えている。
なので、イライラが募るようだ。

「前はあんなに簡単にできたのに!」

そんなこたぁ、絶対ない。前だって、ものすごいがんばってた。

シニア層に商品を使っていただくとき、彼らが想像するのは「出来てる自分」だ。
できて、ストレスがない状態を想定して、商品を使ったり買ったりしている。

商品開発やサービス提供の時に、客観的にシニア層を見るのではなく、シニア層の主観でどう見えるか、ということも考えなくちゃなあと思う。


メモ--
今考えているネタ
・人生の残り時間が短くなると、人は焦るのか?
・口コミを信用しないシニアが多いのだが、口コミは「信頼」ではなく、「足切り」なのか。な?
いろいろやりたいことが多すぎて、何もできていない現状を打破せねば!

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あなたとわたしの括り方

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私は本も漫画もどちらも大好きで、どちらも良く読んでいるのだが(寝る前は、必ず何かを読んで寝る)、昨夜は絶望先生を読み直していた。

一番好きな話の途中で”クークル”というサイトが出て来る。それは、いろいろな物を大きく括るものだ。
たとえば、ジャンプもサンデーも「少年漫画」。(絶望先生は萌え漫画だった。)
とにかくなんでもくくってしまうサイト、「クークル」
その括り方が「お母さんっぽいよね」というところから、「クークル本社」に行ったらマザーコンピュータ!成程!みたいな流れの話である。

括る、というのはとても面白い。
とても興味がある人にとって、たとえば、「花ゆめ」が好きだった私にとって、りぼんを読んでいる人とは一緒にくくられたくない。(でも、たぶん、他の人にとってはなんのことだか解らないと思う。読む層がちょっと違うらしい。)

もっと近い例を取ると、飲み会の席でこんな会話がある。
「ボク、読書好きなんです」
「私も読書好きです」
「同じだね!趣味が合うね!」
「何の本読むんですか?」
「ケータイ小説」
「私が好きなのは司馬遼太郎で・・・」
「普通の本って読むの結構面倒なんだよね!」
と、大きく読書と括ってしまうと、人によっては全くとらえ方が違ったりもする。

ところで、先日、シニアの方と一緒にお話をさせて頂いた。
「モリマミちゃんは良いよね。ゲーム世代だから、パソコンとか、問題ないでしょ」

クークル発動!

「私がゲーム世代か解らないですが、私は一切ゲームをしないし、機械はパソコンのみです」
「え、そうなの?でも、ゲーム世代って慣れてるでしょ?」

#ちなみに、この会話の次の日、ゲーム世代について調べていたが、それがどの世代を指すのか結局解らなかった。インベーダーゲーム世代ってのもあったのになあ。私は反射神経が異常に鈍いので、ゲームがとても苦手だとおもう。テトリスは金沢八景から金沢文庫の間の数分で一ゲーム終わる。
なので、ファミコンのスーパーマリオ以来、自分の家にゲームがあった事がない。

シニアの方には、若手=ゲーム=パソコンOKでクークル発動なんだと思う。
若い子=ケータイピコピコ=機械が強い と思われるんだと思う。
彼らにとっては、ケータイもパソコンのうちだし、デジカメもパソコンの内である。
弊社の有するパソコン教室は、パソコン教室であるが、デジカメは当然習えると思っているし、ケータイもよく持ち込まれている。中にいるとその括り方が当たり前だと思ってしまうのでデジカメだろうとケータイであろうと問題なく受け入れるが、先日「ケータイとか持ち込まれますよ」という話をしたら驚いていた人がいたので、外から見たら違うんだと思う。括り方が。

シルバー層になるとパソコン=最先端 と思っている人も多い。
パソコン教室運営してます、と言う話をすると「時代の最先端だねえ」と言われる。が、中の私たちは決してそうは思っていない。

若い層からシニア層を見た時に、60歳も70歳も同じだと思ってしまう。
ところが、シニア層の中にいたら、60歳は65歳と違うし、60歳は70歳と違う。
70歳は75歳を見て「75歳って結構衰えるんだなあ」と感想を抱く。
ヤソジ会(80歳以上を中心とした会)のメンバーの80歳はメンバーの85歳をこう言っていた。「長老がいるからボクがちょっと若く見えて嬉しいよね」。私から見たら、どっちも長老である。でも、違う。

括り方は、なかの人とそとの人で大きく違う。
決めつけた括り方をしてはいけない。
心のクークルを発動しないように、真摯にその人たちの声を聞くことがとても重要だと思う。
モノベースの考え方ではなく、ヒトベースの考え方をもつ訓練が必要ですなあ。がんばろっと。

#ちなみに、絶望先生の「主語」が大きい主語霊のくだりも結構好きで、このブログを書いている横の「ココログニュース」で「定額給付金、国民はなぜ反対するのか?」というのがあり、「主語大きいなあ。国民代表かあ」とほんわかしてしまった。絶望先生を知らない方(多分、多数)すみません。私は好きなのですが、うちの妹は好きではないとの事、いろいろな嗜好があるので無理には勧めませんが、一度是非読んでみると楽しいです。

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自虐系女子?

「私なんか・・・」と言う”女子”のことを「自虐系女子」と言うらしい。そういう記事を読んだ。

「私なんか全然もてないから・・・」「そんなことないよ」という言葉を期待しているのだろう。(たぶん)

「私なんか箱入り娘で、箸より重いものを持ったことがないから、荷物を持ってほしい」というのは、自虐系に当てはまるのだろうか。ちゃっかり娘とでも言うのだろうか。

#しかし、年齢的にクリスマスを過ぎた「女子」が「女子」というのはいかがなものか・・・

ところで、昨日電車に乗っていた。(高田馬場→大手町の東西線)

おばちゃん(女子?推定年齢60歳くらい)3人が乗ってきた。

「ちょっとー!こっち3人あいてるわよ!」

これが女子高生だったらかわいいなあ、と思うのだろうが、女子ともなると「うー。もう少し静かにしてほしい」と思うのが本音。男子学生だったら、将来像を思い浮かべてニマニマしちゃうんだろうけど。(あやしい)

「次ってどこ?」と女子Aが叫ぶ
「次は神楽坂よぉ。あなた、心配性ねえ」と女子Bが叫ぶ
「きゃははは」と女子Cが高笑いをする。

私は本を読むのをあきらめた。

「私ぃ、結構忙しいじゃない?」と女子Aが言う。
「そうなの?私なんか、自宅じゃ不良ババアって呼ばれてるのよ!」と女子Bが自虐した!

「そんなことないわよ」と女子Cが即答した!


いや、そんなことないことはない、と、ちょっと思った。
それは、新たな自虐系女子か?
自虐は謙虚に結びつくと書いてあった記事を読んだのに、この自虐は謙虚さから程遠い気がする。なぜだ。
謙遜プレイの根本が間違っている場合、どうすりゃいいんだ。


寒い日が続きますが、おばさま女子はとても元気だなあ・・・。

と、今日はちょっとしたネタでした。

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何を見て、お電話いただきました?

先日、EC協議会の会員さんと飲む機会があり(というより、一応メンバーなので・・)その時にいろいろ盛り上がったのですが、

シニア層はとにかく問い合わせの電話が多い!

というのでプチ盛り上がりました。

もちろん、弊社のシニア層も使えるウェブサイト制作のためのウェブサイトガイドラインには「必ず電話番号を明記する!」というのがありますが(基本のき、です。ヘッダー、フッターに営業時間つきで!)、シニア層ユーザーを逃したくなければ、まずは電話番号を記しましょう。

そんな話で盛り上がったのですが

「一応、電話がかかってきた時に、『どこのホームページを見てお電話いただきましたか?』と聞くんですよね。」と某氏が仰る。

「するとさ、Yahoo!だって言われるんですよ。でも、それがYahoo!ショッピングなのか、Yahoo!の検索結果なのかは解らない。。。詳しく聞くと、電話面倒と思われちゃうし・・・」

そうなのです、最近は、どこのサイトで見ているという意識がとてもとても低くなっています。どこのサイトというくくりは作っている人側のくくりで、使っている人にとっては、「表示されているものが全て。」

先日も、レストランを探しているNさんが、「いい店を見つけた!インターネットで!」と仰っていた。

使い勝手を知りたかった私は「どのホームページでした?」と聞いたところ、「Google!」と。

「ぐるなびとか、食べログとか。。。」「えー、そういうのって解んない、とにかく、Googleだったわよ」

まあ、一事が万事そんな感じなわけで、ほとんどのウェブサイトはGoogle帝国とYahoo!王国の傘下にあると思っている人もいる。(そして、同じサイトが同じ結果ではないと考えている人もいる。)

ところで、先日同じような話で、違うオーナーさんと盛り上がった。
ウェブサイトに電話番号を明記するようにしたら、電話での問い合わせが増えて、電話のお客様は「比較的高額消費をする」と喜んでいらしたのだが・・・

「でもさ、電話だとアクセス解析ができないんだよね」

「そりゃそうですね」

「この間さ、どこからうちのお店を探しましたか?って聞いたらさ」

「どこでした?」

「右下って言われた・・・」

「右下でしたか・・・・」

「それ以上、聞けなかった」

「聞けませんよね・・・」

ユーザーは思っている以上に何を見たかなんて意識していない。
特に、インターネットは、それが何かなんて解っていない。

いずれ、「パソコンを見て電話しました」というところも増えてくるだろう。
そういうもんなんだなあと思っていただければ幸いです。

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