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「一般の人」が迷わないウェブサイトの4つの守るべきポイント

アイトラッキングを導入し、遊び始めて早半年。
色々なECサイトさんにお越しいただき、実験(遊び)を重ねて参りました。

弊社のお得意なシニア層だけではなく、大学生から50歳代くらいまでの比較的若い方を調査対象にしていたのですが、ネットで遊び倒していない大学生などは「あいや、シニアか」と思うような行動も多く、実は、シニア層と学生の遊び倒していない層は学習能力の差はあるものの、行動には大きな差はないのではと、思う日々。

大学生もケータイがメインになってきているので、PCで「遊ぶ」ということをしない。
確かに、外で友達がたくさんいればパソコンってあまり使わなくてもいい。(レポートと、簡単な調べものくらい)ということで、学生さんを見ていても、意外とビックリなことが多かったです。

その内容については不定期にサイトに挙げているのですが、今日は全てのサイトに共通して言いたい「サイト運営なら以下の事は最低限気を使おう!」の巻。


★ ファーストビューで何のサイトか解るようにする
ファーストビュー、それはディスプレイに表示された、スクロールなしの最初の画面表示のこと。
これで損しているECサイトさん、多すぎです。トップページのファーストビューだけではなく、個別商品ページも、検索サイトから入れば「そこが玄関」なのです。

なのに、全ページ、ファーストビューが同じバナーで埋め尽くされていたり、サイトを制作している人が見飽きているからとそのサイトとは関係が薄い写真があったり、商品よりも脇役がかっちょよくて何の商品を売っているのか解らないサイトがある。これはNG。

まず大切なのは、ファーストビューです。ファーストビューですよ。ファーストビュゥー!あ、大事なこと過ぎて3回も言ってもうた。

ファーストビューは滞在時間が約2秒。この間に、「このページ・サイトは何を扱っているか」ということを把握できないと、その後のユーザーの視線はえらいところに飛んで行ってしまいます。

★ ファーストビューに掲載されるキャッチコピーに気を使う
前提に「誰にこのサイトを使ってもらうか」ということを意識しながら、その人に伝わる言葉を使うことが重要です。
もちろん、キャッチコピーの本などを読むのも重要ですが、まあ、何よりも「そのサイトを使っている人に伝わる言葉」というのが必要。相手がどのくらい知識を持っているのか、どういうマインドでそのサイトを訪れたのか。

例えば、奥さんに花を贈る人で、「花束を贈りたい!」としか思っていない方が、花の名前が細かく書いてあってもそれが何か解らないことが多い。「花のサイトを見ているのだから花について詳しいに違いない」というのはちょっと違う。
相手と同じ知識を持っているとは限らないことを意識して、キャッチコピーをつくる。
リピーターを相手にするならまだしも、初見の方も顧客としてカウントするのであれば、キャッチコピーをしっかりと!

#「誰に使ってもらうつもりなのか」をきちんと意識することも、本当に重要。ユーザーさんとECサイトの制作者は以心伝心でも夫婦でもないってこと。言わば、他人。俺のサイトを見た人はみんな俺のファン的なそんなサイトが多い。

★商品一覧は迷った時の受付嬢みたいなものと心得る
初見のサイトでは商品一覧を見てサイトを把握しようとする人が多い。
商品一覧でだらり~んと商品を並べるのではなく、そういう気持ちで商品一覧を見ていることを前提に魂を入れるとよいでしょう。ちなみに、サイトマップという言葉はほとんど見ていませんし、「はじめての方へ」も初めての方は最初は目に映りません。

制作者が思っているようにユーザーの視線は動かない、ということをよくよく、認識しておく必要がある。

★エラー表示に気を使う
エラー表示です。どこにどう表示させるか。どういう表現を使うか。
エラー表示はエラーを起こした場所から遠くない場所に、解りやすい表現を使う。
また、間違うだろうなあという原因があるのであれば、できればそのことも提案する。

その他、注文までは興奮している方も多いので、買い物かごにいってから、ふと送料が気になったりする方もいる。その際、送料のページに戻ってそのまま買い物かごに帰れない方もいる。「戻る」ボタンでマッシロな画面が出てしまったり・・・

購入ボタンを押していただいてから決済が終わるまでは、気持ちを逸らさないように、不要な情報で悩ませたり、情報不足で悩ませたりしないようにする!

戻るボタンを押しても入力内容をリセットさせないなどなど・・・。エラーの悪い出し方は「やっぱりレジ前混んでるから今度にしよう」とお店で思わせるようなものです。
#そういえば、先日某百貨店の文具店でノートを買おうと思ったら長蛇の列。ノート買うのに並びたくない、というので他の百貨店へ。移動時間を考えると実は並んだほうが早いかもしれないが、そんな感じ。

#などといいつつ、弊社のフォームはかなりイケナイフォームなのですが(笑)

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他にもパンくずリストの処遇や買い物籠廻、オプション設定など、細かい事をあげると大量になるので、まずはこの基本ポイント。この4つは、どのECサイトでも共通です。
最後のエラー表示に関しては、正直どこのカートを使っているかに寄るので、そんなに大きなことは言えませんが、ECサイトの共通ポイントと言っても良いでしょう。

さらに老眼が入って来ると段々画面の中央部分、というか視野がガッツリせまくなりますので、その辺の対応も重要。

あとは、正直、ユーザー像、商材やサービス内容・会社の特徴によって個別に問題点は変わってきます。(モテファッションをしたらみんながモテルわけじゃない。ちなみに、私はちびっこ&メガネブームの時に「よっしゃー。私の時代来た!」と思っていたが、いいことなど、何もなかった!あ、もしかしたら、そんなブームは幻だったのかもしれん。夢か。)

というので、個別の診断を受けてみたい方はECサイト向け問題点抽出廉価版サービス「サイトドック」アイトラッキングを利用したユーザーテスト「見エール」も宜しくお願い致します。(と、ちゃっかり宣伝)
また、ECサイト様向けのワークショップもありますので、ご興味のある方はどうぞ。個別のサイトの問題点などを抽出し、どう改善していくかを皆で話し合うものです。

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高齢者と自己評価

自己評価とはとても難しい。
自分がどのくらい出来ているのか冷静に判断するのはとても難しい。
自分自身だって、正直、どのレベルなのかは解らない。

最近、新しいウェブサービスに付いて行くのが必死なので、もしかしたら最先端の人からは「ぷぷぷ」と思われるレベルかも知れない。
Office系はそれなりに使いこなしているが、奥深い事はできない。

パソコン教室に入会する人も、入会前のスキル申告は自己申告である。
「ワードくらいはできます」という若い方が、ワードとは文字を打つことだけであったりすることも良くある。

「Excelは日常的に会社で使っているんで」という方が、数字を入力するだけ、ということも日常茶飯事である。

いわんや高齢者をや。

「結構使えるからさあ」というおじいちゃんは、Photoshopをバリバリ使いこなしている一方で、「ボクはかなりパソコンを使っているんだよね」というおじいちゃんは、麻雀ゲームだけだったりする。

個人の中でガラパゴス化しているので、お互いの標準が無い。

#なので、入会時に、何がやりたいか、それに達するまでのスキルに何が必要なのか、など色々聞いて行く。それで客観的にスキルを判断する。プライドを傷つけないように、優しく判断する。すごく謙虚な人もいれば、えええ。と言う人もいる。自己申告は、過大評価をしない方が的確なサービスを受けられる。これマメ知識。(といっても難しいなあ。出来ると思っていたら出来なかった事とか、覚えていない事はものすごくある。)


ところで、朝いらした73歳女性。
ちょっとしたヒアリング調査のお願いでアンケートを書いてもらう。

その調査は「使えない人」が対象なので、使えない彼女に白羽の矢が立ったのだが、「パソコンを使って困る事」という項目などのところで一言。


「えー、ない。」


(ないのかー!?)


その瞬間、近寄ってきた

「ね、年賀状、もう作れないと思うから作ってもらえる?」


(なるほど、困った時には人に頼るから、困るという意識が無いのかも)

やりたいことが限定していて、それだけできればいいのであれば、自己認識でも「パソコンが出来る」と言う事になるんだと思う。

インターネットも、mixiさえ使えれば「インターネットくらいはできますよ」となる。
面接の時も思うが、できる、の評価は本当に難しい。
資格を持っていても、うちの望む「パソコンの使い方」が出来る人は少ない。


「自分は他人に比較して使える方だと思う」という自己評価が、違う場所に行けば違う評価になる。

自己評価は難しい。

なので、高齢者に対する評価は自己評価と他人評価の差をしっかり見つめないと、偉い大変な目にあうことは、間違いない。

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シニア、という言葉は「お得」という意味?

5,6年前は「シニア」という言葉を使ってはいけない、というのが「シニア業界?の隠れた常識」だった。「永遠の輝き」ってどこのダイアモンド!?みたいな言葉を使ってばかりいた。

ここ数カ月、弊社では気軽に「シニア」だの「高齢者」だのの言葉をご本人に向かって発する(いやがらせではなく、コース名に入れたりしている)ようになった。

シニアコースの設定とか、シニア割引、とかである。

しかし、名称を新しくしただけなのだが、この名称によって、昔通っていた団塊世代~その上の方々が復活するようになった。

「私も立派なシニアよぉ」などと仰りながら。

どうも、世間一般のシニアが受け取る「シニア」という言葉には「お得」と「優しくしてもらえる(だって現役世代じゃないもん。歳とったんだもん)」という意味を勝手に含めている気がする。

「お宅はシニア割引があるってことは、シニア層に対して親切だってことなんだろ?」と電話をしてきた方もいらした。
#別にシニア層だけじゃなくて、一応、全員に親切を目指しているんですけどね。

時代とともに言葉が変わる。

今、シニア層と言えば65歳くらいからで、高齢層と言えば後期高齢者の75歳からだと、自分の中では思っているのだが、お得好きな60歳~65歳は「お得キーワード」のシニア、という言葉を比較的問題なく受け入れている。
#昔は55歳くらいからシニア層で65歳からが高齢層、と思っていたが、意識の変化から変化して55歳なんて「ヤング層」と思えるようになった。

相変わらず50歳代は「60歳代と一緒にしないで」と思っているだろう。
60歳代は70歳代と一緒にしないで、と思っていると思う。

たぶん、「シニア」という言葉の受け取られ方が進化したんだと思う。
シニアという言葉は、7年前は「おじいちゃん・おばあちゃん」だった。
5年くらい前は「シニア割引って年寄り割引ってことよね!」と仰っていた方も、自然に「シニア」という言葉を受けいられるようになっている。
それも「お得なのである」という方向に・・・

なので、「シニア会員」とか使う時は「安いんでしょ!だって、私シニアよ?」と思っているお客様が多いということも、心の片隅に留めておかなくちゃいけない。

なので、拙ブログの昔の記事は、「あくまでも昔」。今はどんどん変化しているので、昔の記事を見て「シニアとは!」と仰らない様ご注意くださいませ。現在のシニア層が気になる方はどうぞお気軽にお問合わせください!

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老いの基準?

運営しているパソコン教室は年賀状シーズンで、毎日が年賀状祭りである。
この時期にしかいらっしゃらない人もいらして「1年ぶりにお会いできました!」と色々な意味で再会を喜ぶこともある。

1年に1回お会いすると、75歳くらいからざっくり老いるなあ、と感じる。
しかし、60歳だった人が、5年後に65歳になると、60歳のころの勢いはない。徐々に老いていく。

シニア層を観察する仕事をやっていることもあり、どうして「老いた」と思ってしまうのか、常々考えている。

「判断力が鈍くなる」「新しいものに対して拒否感が出る」「視野が狭くなり気付かなくなる」「聴覚が弱まり、うまく聞き取れないから理解が難しくなる」「聴覚が弱まるので、聞いたことを整理するのに時間がかかる」

女性は比較的若く見える方が多い。しかし、教えていると「あれ?この人、実年齢はかなり上だろうな。。」と思い、データを見ると、確かにご高齢だ。見た目の若さではなく、思考や理解の面で、確実に老いはある。

先日、「老いたなあ、と思う時はどんな時だろう」という話で盛り上がった。

<やっぱり、やっぱりの多様!>
ヒアリングしていても思うのが、「老いてきたなあ」と思う方が仰るワードに「やっぱり」がある。年齢が高くなればなるほど、「やっぱり」という言葉が多くなる。これは解りやすい老いの判断。
「やっぱり」の裏には、「説明が面倒くさいが、相手と共通の認識を持っている前提で話していいよね」というのがあるのではないかと、思っている。ヒアリングのテープを起こしていると、「やっぱり」除去機能が欲しくなる。

<複雑なものに対する拒否>
複雑な操作に対してものすごい拒否感が出てくる。
これをするために、右上のこれをクリックして、左下をクリックして、というのがダメになる。中をすっ飛ばして左下しか覚えられない。例えば、ファイルをクリック、切り取りボタン、貼り付けたい場所をクリックして貼り付けボタンをクリック。というのが異常に難しい。DeleteとBackspaceの区別がつかない。

<聴覚の衰えが原因なのか、人の話を聞かなくなる>
人の話を聞いたふりをする。(聞いているが、聞こえていない)
今、相槌を打っているので話を聞いていただけているのかと思いつつ、自分の話したいことが頭にいっぱいになっているので、話がかみ合わないことがある。(経験から話を自己解釈されることも多くなる)→耳が遠くなるのも原因かもしれません。

<予想外に弱い>
パニック(予想外の行動)が起きると、知っていることをやろうとする。その行動には何の意味もない。例えば、年賀状を作っていて、クリックした場所を間違えて違う画像が入った時に「間違った!」と保存せずにファイルを閉じる。(×をクリックしてから保存で「いいえ」を押す行為はこの時だけ光速 「あっ!」・・・。)

<失敗したくない>
新しいことはたくさん入らなくなるし、自分流のやり方がどうしても抜けないので、それを守ろうとする。それは当然である。今までやっていたのだから、それでやれば安心なのだから。少なくとも「失敗しない」と思う。

ワープロ出身の方は、ワープロの話を基本にしないと覚えていただけない。パソコンをやっていても途中からいつもワープロの話になる。

<自分はできないという思い込み>
自分はできない、という思い込みが激しくなる。できないと思う。という前提で入るとできるものもできないことが多い。

こんなあたりが老いの基準のメインテーマになるんじゃないかと思う。

老いることは悪いことではないし、誰もが老いる。
ご高齢の方でも、アグレッシブな方も多い。でも、アグレッシブでも老いる。

どう、自分の老いと見つめあうかって重要だと思う。

シニア向け商品を開発する方は、老いた人を他人と思わず、自分の未来として考えてほしいな、とも思う。

さらに、若い方と話すと、自分は老いないことを前提にしている人は多いが、老いは誰にでもやってくる。(だから、今からよく老いる準備をしないといけない、と、常々思っている。)
好奇心や判断力は、若いうちから培っておくことが重要。今が一番若いんですしね。
よく60歳くらいのギャルが「自分は今の80歳代見たいにはならない!」と仰っていることがあるんですが、その方が5年後に来て、その方の中に確実な老いを感じることは多いので。そうならない、という根拠のない自信よりも、ならないために、なにかをすべきなんだと思う。

で、そんな私は職業柄、色々な老いを観察しているわけで
最近、自分の中に色々な老いを見つけて、怯えつつ(やはり、怖いもんですね)、「良い年の取り方」を考えている。そのために新しい挑戦をいくつもしているんですが、昔よりもやはり新しいことを始めるのはしんどくなってます。(でも、そのしんどさを乗り越える必要があるなあと思っているのでがんばりますが。)

どうしたらよく「老いる」ことが出来るのかなあ、と思うと、自分のなりたいおじーちゃんなり、おばーちゃんなりをつぶさに観察して、自分の75歳overの像を創るのが手っ取り早いんじゃないかと思う。(ああなりたくない、というのもあればいい)

ということで、今日は「老い」の話でした。

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ガラパゴス化する人々

だいたい、機械のすべてを使いこなしているのではなく、自分が必要な機能ばかり使い、それで満足しているために、他の機能については忘れてしまう。

それが年をとるともっと大変だ。

まず新しいことが頭に入らない。
前のやり方を使いたい。

少なくとも、前のやり方でやれば、安全なのである。
新しいことを覚えると言うしんどさからも逃げられる。
だから、なかなか新しいもの・ことが自分のものにならない。

そして、自分流の人が増える。

「家ではこうやっているから、教室でも同じようにやりたい」

弊社の運営する教室はノートパソコンの持ち込みが可能なので、ノートを持ち込んでいただければいいが、持ち込めない人は色々悩みが深い。


先日、とあるご婦人(70歳)が言った。

「今日はパソコンを持ち込まなかったけどね、私の使っているファイルはエクセルにあるから大丈夫。」


でた、マイルール。

「でも、パソコン違いますよね」とスタッフが言う。

「今日は教室のパソコンなので、多分、USBメモリとかもっていらして頂かないと、前のファイルがないんですよ」

70歳女子、笑顔で答える
「何言ってんの!大丈夫よ!」


なにが、大丈夫なんだ?!

で、実際エクセルの「最近使ったファイル」には、その方のファイルはない。
「おっかしいなあ、いつもここからやるのに、絶対大丈夫なはずなのに。」

個人のガラパゴス化。

それって、高齢だからなるんじゃなくて、若い頃からの蓄積で、ガラパゴスになって行く。
そしてマイルールが出来る。


ローカルルールとかってレベルじゃない。
マイルールだ。

しかし、徐々にガラパゴス化したので、マイルールが他の所のルールと微妙にずれている事に気づかない。自宅ではそのルールを守れば自分は間違えないので、それが世間もルールだと思う。若いうちからそういう傾向の方もいるが、高齢になって、社会と触れるきっかけがなくなればなくなるほど、マイルールは磨かれる。

エクセルファイルの場所は、ルールと言うほどではないが、自分の決めた場所に入っているべきである。というルールがある。


人間は、ガラパゴス化する。

そこをどう、対応するか。その認識からシニア(高齢者)ビジネスって始まるんだと思う。

で、人はみな老いて行くんだ。自分の未来が、私たちの未来が少しでも明るいと良いな、と思う。
あ、さよなら絶望先生の新刊買うの忘れてた。

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