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シルバー層は横歩き(ただしマウス)が苦手

タイトルがすべてである。
シルバー層はマウスを横に動かすことがとても難しい。
マウスを横に動かしたいばかりに、マウスが浮いてしまったり、
時折、マウスがひっくり返ったりする。

#もちろん、そんな時は「ミッキー!」って叫ぶわけだけど。

マウスというのがこんなに難しいのか、とシルバー層を見て思う。
マイク握りや二つのボタンに指を置く、その簡単に思える操作が、とてもとても難しい。
マウスを握る親指と薬指に力が入り、人差指と中指が浮く。

クリックするときにマウスの方向が変わる。
力が入り過ぎて、くるっと横を向く。

とにかく、マウス操作は難しいのに、横に動かすのはとっても難しいのだ。

となると、ドラッグが難しい。
たとえば、ワード。
変なところを選択してぎゃー。と叫ぶ。でも、指を離すタイミングが解らないので、書いた文章が真っ黒になる。

画面真っ黒、頭真っ白。
みたいな。

で、Enterとか押しちゃって、さらに頭真っ白。

最悪なのは、驚いて×を押してしまい、保存とかされた場合。

まあ、そんなこともある。

インターネットでもそう。横に出てくるメニューはカーソルが合わせられない。
動いちゃうのだ。

横に行けない、合わせられない、うまく押せない。

だから、横メニューがぴろり~んと出るのはシルバー層には鬼門ですよー。ってことです。

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ユーザーに期待しない

とあるウェブサイトをシニア層に操作していただき、そこから印象などをヒアリングする、という仕事があるのですが、比較的多くのシニア層が広告までそのウェブサイトと認識しているということがあった。

最近、広告が巨大化しているため、それが一番目立つのだ。
ださい広告が出てると「このページは安っぽい」
フラッシュとか、色のはっきりした(ハッキリしていないと安っぽいらしい)サイトを見ると「これはお金がかかっている」

伺いながら、世の中は色々な思い込みによって成り立っているなあと、思う。
コンテンツを評価して欲しいのに、広告が大きくて広告ばかり見えてしまう。
制作者は自分のコンテンツを見て欲しいだろう。多分、そう見えていて、ガックリしたと思う。
この手のガックリ話は色々なシニアビジネス周り?でよく聞く。
ユーザーに期待してはいけない。ユーザーが同じものを見て、同じことを考えてると期待してはいけない。

ユーザーさんには本当に、色々な思い込みがある。
当社のパソコン教室は御月謝制度なのだが、その月謝制度を勝手に自分で改変してしまう人もいる。
そういう制度だと思ったから、というのが理由だが、その理由というか、理屈が意味が解らない。

来校する時間帯も、コースによっては決まっているのだが、それも勝手ルールを作ってしまうシニア・シルバー層は多い。若い子は意外ときちんとしている。「入会時に説明しましたが」とニッコリ伝えると「うん、でも、僕はそう思ったから。」いやいや、意味が解らんて。

だから、最初にわかってもらおうなんて期待しない。
3回くらい、間違えたら、解ってもらえたらラッキー。と思わなければやっていけない。

そんな中
業務用途でGoogleマイマップを使ってはいけない

家庭訪問のために訪問先を住所で確認するのにWebの地図サービスを使ったが、1つ1つバラバラで表示するのではなく、まとめて1つに表示したかったところ、Googleマップのマイマップがそれに使えた。場所にマークを付けて印刷するのが目的だった。印刷してウィンドウを閉じたとき、それで消えるものだと思った(つまり、保存する機能だとは思わなかった)。公開/非公開の設定が下にあるのには気付かなかった。
高木浩光@自宅の日記 さんより

多分、この方は「使える」人なんだと思う。
問題なく、自分はそれなりに使える部類だと思っていると思う。

それでも、思い込んでしまう。
だから、技術者や制作者の当たり前は、使用者(「ふつーのひと」)にとって、まったく通用しないということを肝に銘じなくちゃいけない。

自分がそうだと思うから、この場合は確認もしなかったし、疑いもしなかった。
普通に問題なく使えている人でも、そうだ。

mixiに書いてある日記は個人的なものだから、まさか他人が見ると思わないとか、(でも、技術側から見たら、別に技術側でなくてもですけど、誰かが見るってことは他人が見るってことじゃないかと、当たり前の様におもえるのだけど)

インターネット(だけでなく、人生色々)には、誰もが思いつかない思い込みが結構ある。

そのサイトを使う人が全員熟達者だと思うのはやめたほうがいい。
ユーザーが熟達者であることを期待してはいけない。
ユーザーが思い込みがないとかも期待しちゃいけない。

熟達者は2割弱ぐらいの意識をもっておけばユーザーに期待し過ぎなくてラクなんじゃないかな。と思う。


ところで、西武ライオンズ、優勝おめでとうございます。
岸君があまりにも素敵で胸キュンしました。え?ワタシはジャイアンツファンですが。このままだと優勝本を買ってしまいそうです。

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若くないことを忘れる

あなたはもう、若くないのです。

年なんだから、自重しなさいよ、とはまったく思わないけど、人は年を取っていることを忘れてはいけないよ。とは思う。「年相応」という言葉を認識することの重要性はシニア・シルバー層を見ていると本当に感じる。

学生時代にIさんというアルバイト先の方が私に言った。
「まみちゃん、学生時代は、学生時代にできることをしておいたほうがいいよ。仕事なんて、社会に出たらたくさんするんだし、今しかできないことをどんどんしなよ」

一生懸命背伸びだけをしようとしていた私はそれでなんか目が開いた。若いゆえの背伸びも、年相応にすべきである。自分の年を計算に入れつつ、甘えたり、背伸びをしたり。でも、年を忘れてはいけない。「年相応」が重要。

どうでもいいけど、年相応に気づけることは少し、幸せだと思う。(これは要他人の意見かも。自分はそう思う。)
今、やれることを認識しておけば、若いうちにあれをすればよかったとか、勉強したら違ったのにとか、そういう無駄な後悔がない。
社会人にもそういう後悔をされている方は多い気がするが、シニア層でも、昔になにかがあったらよかったのにね。と言う人は多い。


年相応は自分の年齢の認識に通じる。
年相応を意識しない、ということは、自分の年齢を忘れてしまう、ということでもある。

そこで出るセリフ。
「今のシニアは昔より15~20歳若いって言われているからね。だから、きっと僕は若い」

若いから、きっと若者と同じ感じ。
若いから、自分の年マイナス5歳くらいの感じ。
出典:実年齢と心の年齢の差

年をとってると言うことを、忘れてしまうのである。
「年相応」という言葉が意味を成さなくなってしまうのである。

とはいえ、実際は年をとっている。目はかすんでくるし、視界が狭くなる。
声も小さくなる。昔よりはっきりした声がでなくなる。
耳が遠くなる。何を言われているのかすぐに判断できなくなる。
若者の声が煩い。昔はそんなんじゃなかったのに、とも思う。
少しずつ頑固になる。自分の経験を信じてしまう。失敗を恐れる。そんなの必要ないと切り捨てることが多くなる。
言葉に「やっぱり」が増える。(この言葉、本当に老化すると増えますよ。)

でも、鏡に映っている自分は、まだ40歳代後半に見える。
それは、女の子が電車の中で化粧をする感じ。鏡に映る自分は美しい。前から見たら鼻の下伸ばしてマスカラするのってどうよ、って突っ込みたくなるけど。いやいや、白眼ひんむいちゃだめだって。

鼻の下を伸ばして、鼻の穴がふがっと開いて、白目ががっつりでてマスカラを塗っていても、鏡にはそんな姿は映っていない。
そんな感じ?で、自分が年をとっていることを忘れてしまう。

今、シニア・シルバー層を対象としてビジネスを始める人は、相手を客観的に判断するだけではなく、どう思っている、どう感じているかをきっちりヒアリングする必要があるんだなあ。と、今日Oさん(60歳男性)と話していて思った。

Oさん曰く、「48歳の抵抗がちょうど今位かな。はっはっはっ」

ストーリーを見たら、えええええええええええええええええええええええええ。と思ったことは内緒。
えええええええええええええええええええ。


ちなみに、自分が若くないってことを忘れちゃうんだよね。というのもOさんのセリフであるが、それは、ご自身のお母様に向けてのセリフでした。
「もう若くないのにね。」

うーん。

今日の話はとても面白かったので、追々書いていこうっと。

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