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自由な時間

自由、という言葉ひとつとっても小論文が書けてしまいそうな感じですね。

自分が高校を辞めた時に、自由とは、規制の中にあるということを感じました。
本当に自由があると感じるのは、何らかの縛りがあるから。誰からも忘れられたような状態では確かに、好き勝手はできるが、「良い自由」ではない。まあ、そのメランコリックは3ヶ月で終了し、ペナントレース中(野球)は「学校辞めてよかった!」って思ってましたけどね(笑)

先日、Into the wild という映画を見たのですが、だれにも邪魔をされない自由は完全な幸せではなく、幸せをシェアすることが幸せなんだよなあ、と思わせる場所がありました。秋はどうもメランコリックな感じです。ええ。

さて、今日から70歳以上のパソコン講座。
参加者全員女性。

自己紹介の時間を設けているのですが、その中の最年長の76歳が仰いました。
「先日父が亡くなりまして。」

「ようやく介護から解放されたので、遊べるうちにいろいろなことに挑戦しなくては」

それぞれの年代にそれぞれの制限がある。
学生はお金がないし、若い社会人は時間がない。
子どもができればお金が足りない、ローンにも追われる。
そして、体力がなくなる。

すべての世代にそれぞれに悩みがあるのだと思う。
が、私の定義の「制限がある中の自由が一番幸せ」というのであれば、子供が独り立ちした後から、両親の介護まで(人によっては義理の両親も見なくてはいけない)がとてもとても楽しいみたいだ。

お金は潤沢ではなくても、体力がある。やりたいこともたくさんある。いきたいところもたくさんある。

私の知り合い(女性)は50歳前半でバイクの免許を取った。
昔学べなかったことを学んでみたり、最近では大学に通う人も増えた気がする。これが50歳から60歳中ごろくらいまで。女性の場合、更年期障害が終わるとパラダイスだ。(更年期障害中は結構つらそう)男性も60前後から更年期障害っぽくなるので、それが終わればパラダイス。

そして、そのあとから介護が始まる。
先の見えない日々である。
私は介護をしたことがないので、そのつらさは計り知れないが、見ているだけでとてもつらそうだ。
介護のショートステイに行っている時が心の休まる時だったりする。

そして、その方が天に召された時に、そこから「ラストスパート」が始まる。

介護をした人は、自分がなるかもしれない姿を見ているわけで、そこから、自分もしくは伴侶がそうなるまでの制限された(制限されていないかも?)わずかな時間を、いかに遊ぶか、いかにはじけるかということに注力する。

そのころから出てくる言葉が「元気なうちに」である。とにかく好奇心が溢れている。お金もそれなりに使う。
「だって、墓場の下にはお金を持っていけないのよ?」

シニア・シルバー層とものすごく大きな市場を漠然と狙うよりも、こういうその層の中での元気層について着目したほうがシニアビジネス(シルバービジネス?)にはいいのかなあと思う日々です。

元気があればなんでもできるっ!って、仙台の駅のポスターにありましたな。猪木?

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シルバー層向け製品についての雑感

最近では耳にタコができるぐらい、とにかく高齢化社会で80歳なんて珍しくもなくなってきた。
85歳からパソコン教室に通う人が最近増えていたりと、ここ数年はアクティブシルバーに着目すべき時代が来ている気がする。

誰しも、人は老いる。
まさか自分が、と思う。が、老いる。


余談ではあるが、うちの職場のいいところは、自分の先輩がたくさんいて、理想のシルバー像がうすぼんやりとでもできることである。異世代交流をもっとすべき、50歳代は80歳代と話すべきと思っていても、多くのシニア・シルバー層は若い人から刺激を求めても、自ら上の世代に学ぶことは、なかなかない。残念なこと。上の世代の話を無条件に聞くのではなく、自分の将来像としてみるとまた違う見方ができるのに。


さて、シルバー世代。
75歳の時からお教室にお通いいただいているSさんも今は80歳である。
非常にアクティブな方で、とにかくいろいろ出かけている。
75歳のころはものすごく活力のある方だなあ、と思っていた。
しかし、80歳の現在、話していると「ああ、人は皆老いるんだなあ」と思う。

シルバー向けの製品を作るときに必ず注意しなくてはいけないことは、とにかく短期記憶が欠落しているということである。なので、毎回今、どの状態で、これから何をしようとしているかということをさりげなく表示しなくてはいけない。

たとえば、Sさん。
CD-ROMの写真を外付けHDDに入れようとしている。
それは昔からやっている作業なので、特に問題はない。

CD-ROMをセット。そしてスタートからマイコンピュータ。

そこで、彼は言った
「あれ?CD-ROM、入れたっけ?」

私もよく度忘れをする。しかし、今の状況は度忘れというものではない。
スタート、マイコンピュータ、とクリックした段階でCDを入れたことを忘れてしまうのだ。

「え?いれたっけ?いつ?」

手順を間にはさむと混乱してしまう。
その後もCDの問題だけではなく、いろいろな問題で、直前の操作(彼らにとっては直前ではないが)を忘れてしまうのを目の当たりにした。

たぶん、知らない間にそうなってしまうのか?
なんとなくだけど、芸能人とか、知り合いとか、自分より年下の人が亡くなり始めるとそういう傾向が強くなる気もする。朝起きて、新聞で訃報欄を最初に確認してしまうという彼らのセリフが心にしみる。

仲良しだった88歳が、ある日栗をゆでているのを忘れて、気づいたら家じゅうに栗が散乱していたという、あわや大惨事、という事件があったのを思い出した。


今の80歳代はまだ元気である。
前述のSさんも、先日お母様をなくされたばかりである。
元気とはいえ、衰えがある。
地域社会でサポートすることもとても重要だけど、彼らが失敗しない製品をつくるということも、とても重要だなあと最近つくづく感じる。それは彼らのためだけではなく、若者のためにも。そう、大惨事に巻き込まれないためにも。

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