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自分の立ち位置

某介護事業所で働いている75歳の方。(そこは80歳定年)

「私、みんなを見ていると老後が不安でね」

!?

自分は高齢者にカウントされていないようだ。


先日、めざましテレビに弊社がこっそりと出ました。
その関連で、また、ご高齢の方を紹介してほしいとの電話があり。

「御高齢の方は自宅の中で転倒しやすいので、そこを専門家と一緒にチェックしようと思います。つきましてはどなたかご紹介を・・・」

80歳の某氏に電話をする。

「御高齢の方がご自宅で転倒しやすいという事で、その転倒しそうなポイントを専門家の方がチェックする所を映したいとのことなのですが」

「だって、うちおばあちゃんこの間死んじゃったよ」


「・・・・・・・・・・(いや、あなたが高齢者と言いづらい雰囲気・・・)」

いつから視点が止まってしまうのか解らないが、自分の立ち位置を図るのは難しい。
自分は若いけど、友達はすごい年に見えると話す人は多い。
たぶん、お互いにそう言っているのは知らない。
自分は若いと思っている。

その割には、都合が悪いと「高齢者」と言いたがる。

「自分は高齢者だから覚えが遅い」
「自分は高齢者だから、優しくしてほしい」

人って面白いなあ。
その立ち位置を把握しなければサービスは提供できないだろうなあ。

同じ30歳でもそうだ。
26歳の読むファッション雑誌は、プライドが許さない。とはいえ、35歳が読むファッション雑誌はもっといや。(そもそも雑誌を読まないじゃんという突っ込みはなし)

その30歳が大人か、子どもか、その感覚で随分違う。子供っぽいことを楽しむ(子どもっぽいって、たとえば工場見学とか。最近は大人の間でも流行ってますけど)
29歳と30歳は同じ感じ。28歳とは?27歳とは?
25歳と30歳。30歳と35歳。
30歳の私から見ると35歳の方が近く感じる。じゃあ、35歳はどう感じてる?

立ち位置を推測するのはとても難しい。


先日、といっても、ずいぶん前だが、テレビで「18歳は成人かどうか」について高校生にインタビューをしているものがあった。

18歳なんて自分が大人だと信じて疑ってなかった気がする。
ヒール履いたり、パーマかけたり、口紅つけたり(たぶん、18歳の頃が人生で一番お化粧が濃かったと思う。恥ずかしい。)、ジャイアンツの追っかけしたり、神宮球場で野宿したりと、精一杯大人だと思っている。

ところが、18歳の責任感についてインタビュワーに問われた、所謂「ちょーだるぅい」「親にいちいち許可とんなくちゃいけないのってちょうめんどー」とかって言ってそうな女の子が「いや、18歳、まだ守られてなくちゃいけないから!」と必死で言っていたのが印象に残った。

高齢者向け、というときは「守ってあげる」モード、「いまどきの大人向け」のときは「やんちゃ」モード、商品やサービスを提供する時に、どういうモードで提案するかはめっちゃ大事だなあ。

ちなみに、教室は「守ってあげる」モードは意外と評判がいい。守ってあげる系の広告は引きが強い。
下の本は、人間は人間なんだと気づかされる、なかなか興味深い本でした。ぜひどうぞ。
どうしたら得だと思えるか、損だと思えるか、同じ100円はシーンによって価値が違うし、期待値によっても違うんだなあ。飲み会でこの本の話をすると大体盛り上がります。合コンで使えるかは謎ですが。

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「使える」と「できる」の線引き

「使える」「できる」という言葉はとても難しい。
何をもって使えると言うのだろう?
そもそも、パソコンを使えるって何だ?
パソコン、できますって何だ?
使えないサイトって何だ?
インターネット、使えるって何だ?
インターネット、教えて下さいってなんだ?

パソコン教室を始めて6年たち、すっかり「そっち側」に入り込んでしまっていた事に気づいてしまった記事を読ませていただいた。色々考える。(大感謝)
昨夜、昔うちの教室でバイトをしていた妹と話しながら、「インターネットを使えるとか、サイトが使えないとかって、いわば業界用語みたいなもんなんじゃないの?」と指摘された。

「普通、サイトが使えないとかって、意味分かんないよ」

そうか。そうだ。とても反省した。私にとっては、目的を達成できないサイトの事を「使えない」サイトと言っている。目的を達成できないどころか、にっちもさっちもできないサイトの事も「使えないサイト」と呼んでいる。
伝わらない言葉を使ってしまったのは私のミスである。

人は「使えない」サイトを目の前にして、本当に固まってしまう。どこから手を伸ばせばいいのか解らないのだ。使えないサイトを目の前にすると閉じるか、助けを求めるか、戻るかのいずれかである。

少なくともパソコンに恐れを抱かない「使える」人にとっては、使えない人が使えないサイトの前で固まっている姿は想像が出来ない姿だと思う。それって、どんな感じなんだろうなあ。

「お姉ちゃんの運転と一緒じゃない?対向車が来ると動けなくなっちゃうの。私には信じられないけど」と妹が言う。

確かに近い。実際、車を運転するのが怖い私は、対向車が来ると頭が真っ白になる。(もう乗ってません。安全のため。)でも、運転し慣れている人は、対向車が来たくらいで右にも左にも行けなくなってしまう、後ろなんてもっての他の人の気持ちはわからんだろうなあと思う。(助手席の人も真っ青だ)


使えない、できる、その言葉の説明の難しさについて、私の中ではイメージは「料理できます」だ。これは、「パソコン使えます」と似ている気がする。

できるとできないの線引きが難しい。なにができたらできるのか分かりづらい。
#レトルトとか、カップラーメンとかでお湯注ぐとかは料理じゃないです。と思う。

料理は、するものなので、「できない」なんてことは、ありえない。
「できません」という人の気持ちがわからない。
包丁使えませんとか、良く解らない。
が、たぶん、そういう人もいるんだろう。料理をしないのか、できないのか、謎です。

料理は出来るけどお味噌汁にパイナップルを入れちゃうのも、料理と言うのかな。料理できますのうちに入っていいかな。
嫁のメシがまずい


「できる」とか「使える」の線引きとてもは難しい。
ワードで文字を入力するだけでも「できる」かもしれないし、Office系のソフトは全く駄目なエンジニアさんも「できる」。

まあ、自分が「できる」と思っていれば、それでいいんだと思う。
別に私は料理が決してうまいとは思っていないが、まあまあできる。

自己流だし、基本がわかっていないけど、できないことはない。効率も結構いいと思う。(昔付き合っていた人がすごいうるさい人だったので、味付けも鍛えられた)
でも、「できる」と言っていいんだろうか?全体的に茶色の食卓を、できるといってしまっていいのかな。

 やはり、「できる」の定義は難しい。人によってできるのレベルが違う。


私は魚は捌けない。いばることじゃないが。
ちなみに、我が妹は調理師免許を持つほどなのですが、魚をさばけない私をよくバカにしてます。魚捌けなくちゃだめですかねえ。駄目ですか。刺身買って来ちゃだめですか。できると言っちゃまずいですか。それとも刺身を食卓に並べられるので「できる」って言っていいですかね。

私が「料理できます」と言った時に、相手が「ああ、魚捌けるのね」と思うか「卵焼きね」(卵焼きだって極めれば一番難しいぞー!)と思うか、相手のレベルの「できる」という言葉を自分のレベルの「できる」という言葉で判断しちゃだめだよね。と思う。
相手の「できる」「使える」にはいろいろあるって事を、心の底から認識しなくちゃいけない。


日常料理は料理のうちなのか、おもてなし料理ができて料理が出来るなのか。

出来ると言う言葉は幅広い。使えると言う言葉と同じ位幅広い。


私は、「料理できません」という人の気持ちがわからない。なんで?作ればいいじゃない。切ったり煮たり茹でたり、なんでできないの?うーん、やっぱり解らない。

たぶん、今、私が「解らない」と言った気持が、サイトを使えないという言葉の意味がわからなかったり、パソコンが使えるってどういう意味なの?という人の気持ちと似ているんじゃないかと思う。

どうして計量スプーンがないと料理が出来ないんだろう?
どうして、はじめて会ったサイトで、クリックするのに迷うと閉じるボタンを押しちゃうんだろう?

でも、初めてではないサイトであれば問題なく使える。使っている本人も「使える」と言っている。それは間違いない。が、初めてのサイトでは閉じてしまう。それは「使えない人」と定義していいのだろうか?それとも。そのサイトが「使えない」サイトと定義されるのだろうか?

「できる」という言葉は相手によって全く違うし、そのことを認識しておかなくてはだめだと思う。同じような仲間といると、違う人がいる事を忘れてしまう。

今日から研修にきたK君が言った。「あたりまえの定義が違うんですね」

人によってできる、使えるの定義が違うんだから、私が使えると思っている人はほかの人から使えないと思われるかもしれないし、逆もまたしかり。

使いやすいサイトとか、使いやすいサービスは、できる人ができることを声高らかに言うのではなくて、それを使えない人、できない人を認めるところから生まれてくるんだろうなあとちょっと思った。


#今お帰りになった50歳代男性が「社内の若い女の子にパソコンの事を聞くのがいやだ。少しは使えるんだけど」という理由でお通いになっている。彼はパソコンが使えるけど、使えない。もしかしたら、部署のおじさまは使えなくて困っているかもしれませんよ。ぜひ、声をかけてみてください。普段は出来るけど、使えなくて困っている人の気持ちを少し覗けると思います。
使えない人を責めるのではなく、使えないことを認める事から良いシステムと人間関係が生まれるのかな。ああ、これは自分の手帳に書いておかねば。「なんで使えないの!」ではなくて、「こうやったら使いやすくなるかな」そうそう、原点回帰。

#どうでもいいが、今、「インターネットで●●の電話を調べて下さい」という知らない人から電話。うちは何屋さんなんだろう?調べちゃったけど。クイズ屋さん?

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条件分岐

久しぶりに現場で教えてみる。
#現場にはよくいて、シニア層とおしゃべりはよくしているのですが、指示をしているだけの時が多く、実際に教えるとなると、意外と難しいものです。少しのブランクが如実に解る。(ピアノと一緒)自分の説明の時の言葉が小難しくなっていることを感じたり、相手の心に伝わる言葉を並べるには、解らない気持ちに共感すること、それが頭でわかっていても言葉にするのは難しい。

ということで、久しぶりに、四苦八苦しながら言葉を紡ぐ。

そこにMさん(65歳女性)。現在、ワードでチラシなどを作っている。

どうして、こんなに覚えられないんだろうと思う。
ずーっと観察をしていたら、どうも条件分岐がダメみたいだ。

この場合は、ここを押す。でも、そうじゃない場合はこっちを押す。とはいえ、例外的にこういうときはここを押す。

パソコンには様々な条件分岐がある。

たとえば、一番簡単な例だと、文字を入力している。それが変換前であれば、スペースキーは変換に、そうでない場合にはスペースに、となる。そんな感じ。

本来なら一つのキーボードに2つの意味を持たせてはいけないのだが、キーボードだけではなく、いろいろなところで彼らの条件分岐がある。そして、それを図として頭の中に入れずに、一連の流れを頭の中に入れるために、応用が利かない。

たとえば。彼女を見ていて思ったことであるが。
醤油味のチャーハンを作るときは、最後に醤油を鍋の周りで焦がすのだが(少なくともうちでは)、お刺身は先に小皿に醤油を入れてお刺身に醤油をつけて食べる。

その条件が解らない。そんな感じ。そこに、新たに煮ものとかがでてくると、「どうして?どうして、さっきまでつけて食べるって言ってたじゃない!混乱しちゃう!」そんな感じだ。

チラシに乗せる地図をワードで作る。作ってあるものをほかのファイルにコピー&ペーストする。その地図の場所を下げる。地図が間違えていた。原本を直す。道が一本多い。Deleteで消す。地図をコピーする。チラシに戻る。文面が違う。Deleteを押す。この段階で、もう彼女は混乱する。このDeleteは文字を消すためか?線を消すためか?ペースト、なんのために?ペースト?書式の貼り付けと、ただの貼り付けと「嗚呼!」彼女がため息をつく。

「さっき、押したのは、バックスペース?デリート?それとも、クリックだった?」

彼女のために、分岐条件を説明する。
もし、これがこうだったら、こうですよね。ということは、これはこうだからああですよね。

で、彼女は問う。「じゃあ、今は、何をすればいいの?」

彼女たちは条件分岐をうまく作れない。頭の中に図示できない。物事はとてもシンプルであることに、丸ごと覚えようとするからついていけない。うまく、細かく条件を自分の中に作れない。

私の数学の先生が先日言っていた。(現役大学生)
「難しい問題に会うと、みんな思考停止しちゃうんですよ。
 そういう時は、自分なりの言葉に言い換えてみましょう。
 そして、どこが解らない所なのか、どこが自分には理解できない所なのか整理しましょう」

といって、数学塾のメンバーに東大の問題を渡してきた。

なにかあったときに、まるでパンクイ競争であんぱんを頬張るように、突然なにかが起きるとたいていの人は思考停止する。かくいう私も、東大の問題で3秒で眠気が襲ってきた。

とはいえ、解説を聞きながら、細かく内容をかみ砕いて行ったら、どうも解けそうな気がする。

思考停止するのは仕方ない。
これは年をとればとるほど、思考停止ストッパーがかかりやすい。それは、仕方ないこと。

だからこそ、サービス提供者やウェブ提供者は、思考停止をさせないような作りの物を提供しなくちゃいけない。
いくつかに意味があったり、いろいろなことが複数の条件でできたり、この場合はこのボタン、この場合は・・・のような複雑ルールを作ったり、戻るボタンで戻れなかったり。

とにかく道筋はシンプルに、きれいに、解り易く。
細かくマニュアルを書いたって、誰も見ない。目次見て思考停止。思考停止したら、機能は使われない。
少しでも思考停止を先延ばしするような、そんな作りがシニア・シルバー層と、頭が老化している若者たちには重要なのだ。


追記 19:23
現場リターン。例えば、Shiftキー。いつ押すのか、どのようなタイミングで押すのか。わかる人には!を押す時には必要だとわかるが、たとえばExcelの時に!を入れるわけではないが、範囲を選択する時にShiftを利用する、などというときは、それがShiftなんだからCapsLockなのか、Altなのか、大混乱。どの時は、どれを使うのかはよくわからない。だから、半角と全角の違いもわからない。って、たった今、目の前で混乱していた人が。

以下雑談。
ところで、コメントを最近閉じているのですが、他意はないのです。
ココログはコメントを見なくても投稿できるようになっており、ある日見たら、ずいぶん前の記事に対してコメントが溜まっていました。それを見たら、返信するのもなんだか調子外れだし、とはいえ、オープンにして自分がコメントを入れないのもなんだかなあ、だし。というので、コメントがあるかどうかを全くチェックしていないので、コメントを閉じさせていただきました。ご感想などは直接にメールいただけると本当にうれしいです。

トラックバックは毎日すんごい量のスパムで、こちらも閉じたいのですが、閉じるのも面倒くさく、いただいても、オープンにしていません。

教室で販促してほしい、などお仕事、もしくは教室で売ってほしいなど営業のメールもいつでもお受けしております。(ただ、反応は遅いです)面白いことは大好きなので、いつでも声をかけてください。

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高齢者の視点から-定年後の過ごし方、夫婦と友達-

敬老の日に合わせて?Nさんに高齢者から見た高齢者の毎日と交流について教えて頂きました。

[定年退職後の夫婦]
最近になっても割合忙しい人もいますが、世間ではそういう人はむしろ少数で、時間をどう使おうかと思っている人の方が多い様です。
何十年もサラリーマンをやってきて、ある日突然行く場所が無くなれば大いに戸惑うと思います。
でも家にゴロゴロしていると、長年「亭主は元気で留守が良い」と言う生活に慣れた奥さんは
1)毎日3食作らなければならない。
2)自分の生活のリズムが乱される。
3)家にゴロゴロされていては健康に良くない。
4)ほっておいてと言われてもそうはいかない。

と言う事で文句が多くなります。

そこで旦那も色々考えて
1)出来るだけ散歩に出る
2)スポーツクラブに入会する。
3)碁会所に行く。
4)習字を習う。
5)学生時代、会社関係の人に声をかけて会う機会を多く持つ。

となるわけです。

やがて奥さんが亭主が自宅にいる事に慣れ、何となく家庭も落ち着いて行く中で、,そういう時に便利なのは、夫婦揃っての海外、国内旅行みたいで、上手く緩衝材になって円滑に事が運ぶようです。


定年退職後、夫婦でどこか旅行に・・・そんな日々は憧れですが、非日常は日常があるから楽しいもの。定年退職直後の旅行と、ある程度家庭が落ち着いてきてからの旅行、そこが旅行特需なのでしょうね。

[定年退職後の交流]
定年退職後の交流は(男性の場合)主に学生時代の友人か、もしくは会社の仲間になります。
中高の友達は気さくに、趣味の話や旅行の話などをしますが、大学時代の時代の友人は年金や保険の話が多くなります。

(森注)大学が同じであると言う事は、その後の出世なども気になるからなのでしょう。お話によると小中高の友人が一番付き合いが長く、気さくであるとのことです。

老人ホームなどについての話は、まだ自分たちの代の両親が入っていることが多く、自分たちの話としては実感していません。


[森雑感]
お話を伺ったり、メールをいただくと、イメージは第2の学生時代、でしょうか。
お金をかけずにどこまで楽しめるか、友達と雑談している時間がとても楽しい、友達からの刺激を受けながら、いろいろなことを話し合う。

「高齢者」というと、どうも「高齢者ワク」の中でしか捉えられなくなります。
不定期にNさんからご寄稿頂いて、生の高齢者の姿をお届けして参ります。
Nさんよろしくおねがいいたしますねー。

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