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学ぶと習う

すごく、腑に落ちる記事を発見。


「学ぶ」というのはもともと「真似ぶ」であったように、自分で相手の言ったこと、やったことを真似してみようという姿勢です。(中略)
一方、教えてもらおう姿勢にはそういうところはありません。
ただ、教えてもらうだけでそれを自分で再現してみるかどうかはほんと気分次第なところがある。やってみるのが面倒とかそういうことさえ感じなくて、ただ言われてもやらない。

質問ができる人/できない人

ずいぶん前に質問できるということは、すでに答えが見えていることだ、できない人は質問ができない(もしくは質問がトンチンカン)ということを書いたことがあったが、私が現場で教えるときは、相手がどのような質問をするかで相手の理解度を図っている。

弊社は個別指導のパソコン教室なので、学ぶ意欲のある方が続く。団体講習も一部採用している(受託している)ので、習う人はそちらで受講することを勧めている。寝てても、何をしていても、やった風な感じになれるから。

高齢になると、とは、まったく関係なく、今までどうやって勉強をしてきたかによって、学べるか学べないかが大きく変わってくる。

というよりも、誰しも高齢になって、ある日突然高齢になるわけじゃないのだから、若いころからの毎日の積み重ねが高齢者になったときに歴然と出てくる。お肌だって、健康だってある日突然悪くなるわけじゃない。(と、自分を戒める)

すべての人生は積み重ねなので、他人事ではない。若い人に当てはまることも多い。
それを踏まえた上で、高齢者の学びと習うについて。

カルチャーセンターに行きます、いろいろなセミナーに行きます、好奇心旺盛です、いろいろ習ってます。その癖に、学び方が受け身な人がいる。考えられない。答えをすぐに求める。我慢がきかない。最後の切り札は「先生はできるんです。私はあなたとは違うんです。」どこの首相ですか。

意欲はあるのに、どうして考えられないんだろう?
そんな中に件の記事を見つけて、ああ、この人は教えられることはしているけど、自ら復習したり、そこに楽しみを見つけて極めたり、気づいたりということはしないんだなあ。と、解った。お化粧好きで、肌を飾ることはするが、食生活を直そうとしないタイプのようなものかな。

そういうタイプは「えー、わかんなーい、教えてー」と教えられたら、「じゃあ、この単元まで終わったから次に行く!」と必ず仰る。身に付いているかじゃない。進むことに意義がある。意外と多いんですけどね。老若男女。あの観光地は行ったから次は別の観光地、というタイプ。そして言い訳モドキをする。「だって、別にプロになるわけじゃないし」「仕事で使うわけじゃないし」

学ぶ、ということは一筋縄じゃいかないのだから、それを身につける、吸収する、血となり肉となる、そんなイメージ。すぐにご利益が現れるのではなく、自分の気付きを増やすもの。そう思う。ひとつ技術を習得して、今まで気づかなかったことに気づく、それが学びだと思う。だから教えられてすぐにハイ、その通りとなるのは、学びではない。

学んで、真似て、そして徐々に試行錯誤しながら自分の色を出す。
それが学びの形なんだと思う。

学んでいるから幸せです、とも思わない。学ぶことは時として辛いことに気づくことでもある。自分の能力の限界を見てしまうこともある。でも、私は学びを提唱していきたいし、一人でも多くの方に、それが余生であっても「学ぶって楽しいね!」「気づくってこんなに毎日がワクワクなんだね!」と言ってもらいたいなあと思っている。

学びは一方通行じゃなくて、伝える側と受け取る側のコミュニケーション。それは見ながら学ぶ場合もあるし、口で伝わる場合もあるし、文字で伝わる場合もある。どっちかが一方通行だったらそれは学びじゃない。

「学ぶ」ことと「教えてもらう」ことの違いにもうすこし敏感になる必要があるのでは?


まさしく、同意。
高齢者だけの問題じゃない。より豊かな高齢者生活になるためには、今から、意識しなくちゃと思う。この言葉は高齢者にも伝えたいし(でも、怖くて言えないから教える側の意識で示していこう。)、若い子にも伝えたい。自分はもう十分と思っている人にも、自分自身にも。


余談だが、私が相手の理解度を図る二つの指標は、質問内容とメモの取り方。
言われたことを逐一書いている人は「ああ、理解していないな」と認識し、メモの取りやすいように話すし(但し、相手がシニアもしくは心の余裕があるとき。若い人がメモの取り方がひどいと話す気力が失せる)、質問がトンチンカン、というか、ああああああまったくこの人理解しようとしていないよ!と思うときは、お茶を濁す。
例えば、「シンプルに考えようよ」と前、人に話したことがある。そして、その後出てきた質問。「じゃあ、どうすればいいんですか」これはキングオブトンチンカンで私の隠れて持っている名言集に加えておいた。

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シニアビジネスの失敗の仕方

ふと思った。
シニアビジネス成功のコツより、失敗談を話した方が、二の轍を踏まずに済むのではと。失敗は成功のマザーであると大好きな長嶋氏は言うわけだが、成功談って面白いけど繰り返せなくて失敗談って意外と参考になる。

繰り返し失敗していながら、失敗も検証しなけりゃ気が済まない私の性格(ただのバカ)、必ず失敗するTipsを苦労話やお涙ちょうだい抜きで公表できる範囲でお届けします☆

教訓1)解ると思っても解ってもらえないことが多い
以前、いろいろな人の意見を聞きながら、もうワード、エクセル講座ってオワタよね。ボクなら目的別講座がこれからの時代だと思う!と言われ、その気になって、(植木等っぽく読む)まあ、目的別講座を開いてみた。

今までのインターネット講座をやめて、インターネットでできることを主眼に持ってきた。ワード基礎講座をやめてワードでなにができるかという目的別口座にしてみた。

ところがだ。結果は散々だった。いつもは定員オーバーで抽選の定期講座が涙が出るような結果になった。
使える人はパソコンで何ができるか解っているから目的別講座を良しとするが、解っていない人にとっては、「そんな高度なことは私には無理無理無理」となってしまう。きっと楽しいからみんなもそれが楽しいに違いないと決めるのは出来る人の考え方である。

ちなみに、私はしつこい性格なので、3度ほど同じことをしてみた。3度失敗したら失敗と認めようと。で、3度失敗した。検証終了。

教訓1.5)シニアビジネスを頭だけで考えている人の言うことは、イマイチなことが多い。
自分の視点が狭まっていることを危惧し、比較的関係ない人の意見を取り入れたりするが、シニアと接していない人はシニア層の機微が解らないと思う。でも、これもまだ検証5人目くらいなので、もう少し失敗を重ねた方がいいと思う。これは人にもよるし。って、あまり成長してない。

教訓2)相手の意見を聞きすぎるといろいろ大変
ヒアリング調査をしている弊社が言うことじゃない気もしますが。

皆さんの意見を聞いて、皆さんの意見が我が教室をつくるのです、と突然キラキラ思ったので、講座案とか、イベントとか、いろいろアンケートをとってみた。で、実施した。ああ、何度も何度も。

でも、人の意見を聞いて、人の意見に従ってやったものは大体外れる。
人集め、大変なんだ。本当に。で、そういうイベントがあったら絶対行くからね!という人に限って、そういうイベントってこない。で、自分が行かないから他の人に電話をして「私いかないのよ!」と伝えまくり、「じゃあ、今回は◎◎さんが行かないなら私も予定が入っていて」とかってなることもある。

ということで、人の意見を聞いて、それに忠実にすると裏切られた時の失望感も大きいし、意見を聞いてその通りにするのは辞めた方が良い。

でも、楽なので2年に1回くらい忘れてイベント立てちゃうんですけど、毎回失敗してますがな。ワハハ。でも、あと2年後にまた忘れて失敗しちゃうんだろうなあ。

教訓)2.5 相手のことを思って、相手が喜ぶことを思った企画が一番
世の中は愛です。たとえば、恋人の意見を聞いて、その通りの物をあげるより、その人のことを本当に思って、どうやったら喜ぶか想像して、ニヤニヤしながらプレゼントを買う。そんな感じです。
ヒアリング調査は相手の意見を聴くためにやるのではなく、相手がどうやったら喜ぶかとか、相手のバックグラウンド、考え方、新しいものに対する反応、交友関係、自尊心、親せきとの付き合い、などなど、そこから相手が喜ぶポイントを見つけ出すのが重要なのではないかなあと思う。(と、思って実施している)愛ですよ。愛。言われたとおりにやっちゃうとつらい。これって、恋愛でも、仕事でも。人に対して甘いこととやさしさを混同してはいけない。なんでもかんでもしてあげることはその場しのぎであり、本当の愛じゃなかよっ。

教訓3)一般論に惑わされない
人の意見を聞くな、本人の意見を聞くな、最後はあえてKYになろうよ!ということです。人間ってやっぱり弱いんですよ。自分がそう思っていても、世間一般ではとかって言われちゃうと、ついついそっちをしたくなる。というよりも、自分の方向が凝り固まってるんじゃないかといつも不安なので(これは私なりの老化に対する不安。経験では、といいだしたら超老化。)世間一般に迎合したくなる。

世間一般ではシニア層は孫が好きだと言われているとか、自分の肌で感じない数字とか、言葉とか、そういうものに忠実になると、大体失敗する。
私はテキストも作ったりするので、世の中的にこんな流れ的なテキストって作っただけ無駄。今までどれだけの無駄をつくってきたか。

でも、不安なので、世間の空気を読んでしまい、やはり1年に1回はこの手の失敗をします。

#そういえば、某氏に「しゃべる量が多くて二酸化炭素が無駄っぽい」と言われて軽く悲しかったのですが、失敗も多けりゃ二酸化炭素も無駄。嗚呼。でも、サイズは結構エコ。

教訓3.5)自分の理想は押し付けもせず、あなたのためにを強引にするのも大事

昔、某友人が私の某友人を好きになった時に、どうすればいいかと私に相談をしてきた。そして私は言った。「押せ。」そして、先日紆余曲折の後、結婚しました。

あーだのこーだの考えてるより、押し付けじゃなくても、相手のことを考えながら前に進むって、恋愛でもビジネスでも重要じゃないかな。

ちなみに、友達とずいぶん前に話していて、とてつもなく強引な人は(道を誤らなければ)大きく成功するよね。という話になった。私のような小心者はボチボチにしかならない。そんな気がする。

ということで、3つの教訓とそれに付随する3つの教訓、いかがでしたでしょうか。
1度は偶然、2度目は運命、3度目は必然。(順番違ったかな)
失敗は成功のマザーであるから、失敗した方がより身に付くんだろうけども、うちのように常にシニアビジネスをしていて、細かに失敗できるという環境がない方のほうが圧倒的多数だと思うので、とりあえず、参考になるかならないか、それはあなた次第の、失敗談でした。ちゃんちゃん。そして、私はいまだにいろいろな失敗を繰り返すんだなあ。色々思って、少し凹んだ。どうして、学習出来ないんだろう?解っちゃいるのに、やっちゃう。

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