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私は高齢者が好きです宣言

好きじゃなくちゃやってられない仕事だとは思いますが。

これは独り言に近い宣言です。
キレる老人をとりあげて、そういうネガティブな面に乗ってしまった自分の言い訳タイムです。

私は、人生の先輩として高齢者を尊敬しています。
高齢者が頑張る姿を見て、自分自身もがんばらねばと思いますし、自分の未来を安心できます。
ああいう高齢者になりたい、ああいう高齢者にはなりたくない、うちの職場ではそれを実感できるだけでも十分に素敵な職場だと思っております。自分の50年後の指針ができます。

高齢者の方と普通に話せる、昔の事を聞ける、古いものはあっても、私は改善の中に歴史があると思っております。温故知新という言葉があるように、古いこともきちんと知って、イクナイ歴史を繰り返さないようにする、ということも必要だと思う。

昔から実際、めっちゃおじさんにもてまくってました。(私は童顔なので、たぶん理想の娘(小学生頃/パパ大好き、時代の娘。)に見えたんでしょうね。居酒屋で隣の席のおじさんに普通におごっていただけることが何度もありました。「娘もこんな可愛い時代があった」だそうで。理想の小学生のような娘とウィスキーを飲む会(笑))

しかし、この仕事を始めてから、今までの「おじさん」「おばさん」から、「人生の先輩」と認識できるまで、年をとるってことは素晴らしいということに何度も気づかされました。おじいちゃん、おばあちゃんはつえをついてよぼよぼしている存在から、知識をもった、歴史を作ってきた人であるということを何度も認識させられました。

#もちろん、同時に「こういう大人だけにはなるまいぞ」と何度も思ったことも事実ですが。

歴史は常に試行錯誤です。正しい、正しくないはありません。ただ、そこにすべての人が関与してます。もちろん、私も。素敵老人も非素敵老人も、みんなで歴史を作っている。なので、高齢者の意見を必要としない、ということは非常にもったいない。

ただし、素敵老人は多くありません。素敵独身男子と同じくらい発掘するのが難しい(笑)。しかし、存在します。大好きです。愛してます。時折胸キュンもします。すごく素敵な年の取り方をしたなあ、こうなりたいなあ、と話す度に思います。酔っぱらうと隙あらば腕とか組んで歩いちゃいます。

やや素敵老人は結構多いです。お話も面白いです。時折、「古いなあ」と思うことはあっても、素敵だと思います。申し訳ないですが、あまり胸キュンはしません。

歴史は繰り返しているので、老人を排除するということはどの時代でもあったことです。
しかし、敢えて老人に向かうというのもとても楽しいものですよ。

多くの高齢者が+くすっと。で毎日を過ごせること。それが弊社のミッションです。
(爆笑ではなく、くすっと、な感じがいいのです。眠る前に、お布団の中でくすっと。が最高。)

そして、それをみた若者が、未来に希望を持てること。

「若い子は自分の話を聞いても詰まんないだろう」と思っている素敵老人の多いこと!
ぜひ、お近くのご老人に、話を聞いてみてください。それが素敵老人であることを祈っています。100人話せば、1人くらい超素敵老人がいるはずです。(だって、600人以上あって、素敵老人認定って10人!って結構多いかも。)

老人は、思っている以上にナウでヤングでワクワクですから。

ということで、毎度のことながら乱文失礼しました。

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老人はキレやすいの?

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるさんより

なぜ最近の老人はキレやすいのか?

キレやすくなっているのは老人であり、若者ではない。

もう一度いう、大人として成熟できず、我慢のなんたるかを知らず、ついカッとなって暴走するのは、20代ではなく、60代以上の年齢層において激増している。このエントリでは、事象の裏づけと、なぜ最近の高齢者がキレやすくなっているかについて考察する。なお、「高齢者」「老人」とは、60歳以上の日本人男女を指している。
<中略>
「暴走老人!」にて藤原智美は、なかなか面白い分析をしている。要するに彼・彼女たちは「待てない」のだそうだ。歳を取るほど時間が早く過ぎていくという焦燥感が、予期せぬ「待たされる時間」に遭遇したとき、発火点となって感情爆発を引き起こすという。寛恕の心とか、「がまん」って言葉を知らないんだろうね。

あるいは、昔と異なり、「周囲から尊敬されなくなった」ことが理由としてあげられている。時間の流れがゆるやかだったときは、その経験が若者にとっても有益だったが、いまでは、老人が持っている知識・経験を下の世代がまったく必要としていないことが一因となっている―― そんな指摘もある。

面白そうな本なので、この連休にぜひ読んでみようと思います。
さて、じゃあ、本当にそうなの?ということについて。

私は昔の老人を知らないので、今の老人がキレやすいかどうか、ということは解らない。

ただ、教えていると待てる人と待てない人がいる。若い人は理解が早いから待つ必要がない。高齢者になると待てない。たとえば隣の人が質問をしているときに平気で割り込んだりする。50歳代もそういうのがある。

入会時に自分が年なんだから、自分を尊重してほしい、という意見も挙がる。「後ろを向いてください。あなたは決して年を取っていないのです」と私は笑顔で言う。すると、少し恥ずかしそうに「ああ、あんなおばあちゃんでも頑張っていらっしゃるなら私もがんばれるかしら」と仰る。(あなたも、十分に、ご高齢ですが?)このせりふをぐぐっと一気飲みする。

キレるというのもあるのだけど、たぶん、全体的に高齢者は不安なんじゃないかと思う。
忘れられる不安。年を取って昔のようにできない不安。自分だけが老化しているんじゃないかという不安。
パソコンという言うことを聞いてくれない機械。クリックすると怒られる。(エラーメッセージのことをご高齢の人はみなさん「怒られた」と表現する。ちなみに、セキュリティ警告も怒られるものの一つ。)

ご高齢者に関して、「使いやすさ」の中には「不安の軽減」が多く含まれていると思う。
この機械はあなたにも安心して使えます。それがこれからの機会のキーワードじゃなかろうか。

以下余談。

そして、実は、最近、本当によく思うこと。
それは教育。

学んでない人は、学ぶ姿勢がない。学んだ人は我慢がきく。これは、本当に本当。答えが出ない時間を受け入れられる。学んでいない人は、答えがすぐに出ないといらつく。

肩書きがある方、という言い方は好きではないが、努力して、上まで上がった方ほど、考えることが習慣づいているので、考えることを厭わない。(これは肩書きがない人は努力ができないという意味ではなく、肩書きがあった人は比較的努力をする人が多い、という意味。学歴主義でも、肩書き主義でもない。)

反対に、学ばない出来てしまった、学校の勉強なんて嫌いさ、勉強なんて何の意味がある。という人ほど、まずは「考える」ということがどういうことかということが解らないと前に向けない。奥様でも、「私、お勉強が好きで、昔から本を読んでいたのよ。」という方は、解らなくても学ぶ、キレずに学べるが、「私ー。昔遊んでばっかで、勉強なんて全然したことなーい」という方は、比較的キレやすい。「解るように教えてよ!」とヒステリックに叫んでしまう方はそういう傾向がある。

直線思考、というところでも書いたが、すぐに答えをほしがるので、キレてしまう。
ご紹介したエントリとは少し違うが(犯罪ではないので)がまん、ということを知らないという点では同じかと。

その我慢は、考える時間と似ているんじゃないかな、と思う。

学ぶことが楽しいといえること。学んで成長する自分が楽しいと思えること。
そして、学ぶこととは関係ないけど、誰かに必要とされること。だれかに必要とされて、愛を感じること。
それだけでも老人は落ち着くんじゃないかなあと思う。愛だろ、愛。(古いですねー)

愛する・愛されることに結果(テクニック・直線思考)をだしたがるスイーツ(笑)雑誌の吊革広告を見ていると、自分たちの未来がちょっと不安になる。

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直線思考

いまどきの、大学生も多いんだろうが、私の周りには少ない。
が、少し下くらいの社会人に結構多いのかも。
「で、どうやるんですか。」っていう質問する人。

私はこれを直線思考と呼んでいる。
若い子よりもシニアのほうが断然多い気がする。
(もしかしたら、友達に恵まれているだけなのかもしれないけども)

「どうやればいいのか教えてください」
「考えたけど解りませんでした。」
「どうやってやればいいのかわからないのでやり方を教えてください」

教えるほうとしては、概念からきちんと理解して応用が利くようになって欲しい。
しかし、少なくない人は、それを求めない。だから、応用が利かない。
しかし、それであきらめてはいけない。手を変え品を変え、理解を促す。シンプルに、概念を記憶してもらうよう心がける。伝わる言葉を話す。それが我々の仕事である。やりかただけを提案するなら、本を読めばわかるわけだし。

先日からアルバイトに入ったS君は某大の大学生。(うちはアルバイトに大学生がいる)

昨日、とうとう現場に出る日になり、秘伝マニュアル?で教え方を伝授する。
半信半疑に聞くS君。うちのコンセプトやら学びに対する姿勢やらを含めてとうとうと説明する私。

「いい?伝わらない言葉は、言った分二酸化炭素が増えるし、エネルギーも使うし、それはただの無駄だからね」と言い聞かせて彼は初めて現場に出た。

緊張しつつも丁寧に生徒さんに接するS君。

途中でいらしたのが、Sさん。Sさんはパソコン自体があまり好きではないし、好きでないうえに仕事で使わなくてはいけないため、すごく焦っている。だから、今得た知識をひたすら頭に流しいれて、それはまるで川の流れのようにとどまることを知らない。だから、応用が利かない。やりかたばかりを学ぶから、直線で覚えようとするから、例えば、フォントを12にするのはわかっても、14にするのはわからない。

最初、「教えること、というのは本質的に一緒だと思う。」と言っていたS君も、終わった時には「うーん、自分の言いたい事を伝えるのってすごい難しいし、普段は少しいじればできると思っていたんだけど、皆さん、いじる前に答えを聞きに来るんですね。なんか、研修で言われたことが、ようやく実感できました」

素晴らしい着眼点。

「いじる前に答えを聞いてしまう」

「直線的に物事を考える」


答えが出ない状況というのはとてもイライラするもんなんだと思う。
たとえば、恋愛をしていても(推測ですが)相手の気持ちが解るまでイライラ、相手の気持ちが解ったところで、つきあってから「○○君の気持ちが解らない」とか「何を考えているんだろう」とか、「結婚すれば、この不安から逃れられる」

ああ、なんて直線的。

確かに、物事は原因と結果で成り立っていて、結果があれば原因があるし、原因があれば、それは幾通りもの結果になる可能性がある。

しかし、結果と原因の関係、というよりも、原因→結果の流れが短すぎる。紐の先にあめがぶらさがっている。あめのぶら下がっている仕組みを理解せずに、あめと紐のことばかりとらわれるから、紐を引くたびに、あめが違うことが概念として理解できない。うーん、言葉って難しい。

物事をシンプルに考えるのは好きだが、「この原因にはこの結果」というパターンを作って、それがあまりにも短いために、応用が利かない。

「もっとシンプルに考えようよ」と、私はよく言う。
しかし、そのシンプルは、たとえば、日本酒のシンプルなきれいな味に似ていて、さまざまなプロセスを通った後のシンプルさに似ている。
今のシンプルは「はい、米用意してー。いろいろやってこのタンクに入れてー。酵母投入~。ハイ酒出来た~」そんな感じ。シンプルな振りを見せて応用が利かない。すべてをパターン化して、パターンは経験とともに増えるばかり、そしてパターン同士の連携はない。

答えがほしい症候群。
こうなったらどうするの。

「少しいじる」S君の常識はここでは一切通用しない。「これができたら次も出来ると思わないんですね。シニアの人は。」

計算ドリルは直線的思考だ。計算ドリルは脳を活性化させるのにはいいけども、プロセスを考えるには、自分で道を開発するにはやや足りない。(ただ、計算ドリルが必要な人もたくさんいる)

どうして、「考えよう」としないんだろうと多くのシニア層を見て思う。
人は学ぶことが楽しい、と、私は思っているのに、本当は楽しくないのだろうか。
(ここでは、学ぶ=考える)

#学ぶということについて考えると堂々巡りで考えがまとまらなくなるのだけども。

直線的に考える。応用が利かない。これはたぶん、加齢に依存するところが多いと思う。
(ほんとかな?ほんとじゃないかも?)

新しいことには興味があるのに、難しいことはしたくない。
機械を買ってしたいことがあるのに、考えたくないから説明書は読まない。
説明書を読みたくないから、したいことの、答えだけ、教えて。

ウェブサイトでもそう、ソフトウェアでもそう、さまざまなものがそう。
覚える手順を減らす。最低限の記憶・学習だけでいいようにする。それが「使ってもらうコツ。」

それはビジネスを考える上でとても重要なことだけど、やっぱりなんか、辛い。
もちろん、シニアの人は言う。
「マミコさんは若いから、いいのよ。歳をとったら、そうなるわよ」

そうなるのかな、と少しへこむ。

へこんでいたら70近いYさんが私を慰めてくれた。

「あの人はね、昔自分が若かったことを忘れちゃってるんだね。確かに、忘れっぽくなるし、つらくなるけど、若くていいわね、なんていっちゃあいけないよね。」

それで少し救われた。Yさんは一生懸命考えて、自分のものにしようとしている。私はそういう人たちを筆頭に、考える、学ぶ楽しさを伝えたいなあ。

直線的に考えることはすぐに答えが出て楽。
でも、考えるプロセスって楽しいのにな。
どうやったら、その楽しさが伝えられるんだろうかな。

#ということで、ちょっとPR.
年齢問わず、オトナ・数学塾を始めることにしました。
計算ドリルではなく、きちんと1問に対して、その解法のプロセスを考える力をつける、というものです。
とはいえ、サークル程度で始めたいと考えているので、5名くらいで始めます。
第1回は5月上旬。昔数学でぶいぶい云わせていたのに、最近全然やってないよー。数学いいねーという方はぜひご連絡を。(ちなみに、先生は現役大学生、自分たちの好きな問題をそこで解くって感じです。目安は1問10分~30分くらい?)

考えるということを習慣づけたいな、と思う方はぜひ。月1回開催。場所は弊社(小さな)事務所です。レベルはどうだろうー。もしかしたら高校1年くらいからはじめないとまずいかも、なのが私のレベルです。(センターの1問目にえらい時間がかかって凹んだ)

コメント欄でも構いませんし、気張らずに、ご参加いただければ幸いです。

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