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価値観

58歳の某女史が言った。

「最近のおじさんって、ケータイとか、使えないのよね。パソコンでしかメールできないんですって。ださいわよね」


ガーン。

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人はそんなに見ていない

私は、あまりおシャレをしない。
理由は色々有るのだが、(本当は何も無いけど。面倒くさいだけ)まあ、おしゃれしても誰も見ていないだろう。という予測に基づいているのかもしれない。(理由があると前置きをしているくせに推定伝聞)

おしゃれをしないどころか、服装についてなにか欠落している気がする。
私としては原因が小学校時代の制服にあると考えているのだが、(小学校→高校途中まで制服だったため、服装に付いて悩むと言う事をしたことがない。高校を辞めてから服について悩む事に悩んだものだ。)根本的に、人は人に注意を払わない、と思っているのかもしれない。(だから休日などすっぴんで都会に出る。1年前くらいは少年、と声を掛けられた。一応女だって・・・まあいいけど。)

ある日、といっても、随分前、「今日の格好変じゃないかな」と我が母に聞いてみた。
「大丈夫よ!あんたのことなんて誰も見てない。」と我が母が答えた。

もしかしたら、それ以来、おしゃれに気を使わなくなったのかも・・・。。。

ということで、人はそんなに見ていない。人は、そんなに気にしない。
人は、自分に関係ある事しか見えない。

とあるウェブサイトのユーザーテスト。
あの機能はここがいいのか、あそこがいいのか。

そして私は答える。
「大丈夫。その機能は全く目に入っていない。」

今、ユーザーテストの結果をまとめていて、メニュー項目に付いて聞いている部分にさしかかり、思わずコレを書いているのだが、「目に付かなかった」「気付かなかった」「うわー、そんなのがあったのね。」という意見が上がっている。

そう。あなたが悩むより、ユーザーは見えていない。

閑話休題。

弊社の近くのお店が変わった。
一緒に昼ご飯を食べていたスタッフが言った。
「マミコさん、あそこって前、なんでしたっけ」


「ふふふふふ」と不敵な笑み。


「・・・・な、な、なんっすか」


「ほらね、人は思っている以上に意識していない。つまり、ウェブサイト上のメニューも、作り手の思惑と使い手の思惑は全く違う。」

「・・・。それとそれを一緒にしますか」


「しますよ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

使われない機能と、Yahoo!に無い機能は「有る事に気付かれない」。
#yahoo!はすごい。検索結果の先のページもYahoo!だと認識している人の多いこと。

私はうちの教室を作る時に、パソコンやデジカメを持つ時に初めて気付く日常の素晴らしさを提案したい、と掲げたが、多くの人は雑多な情報を入れないために、いろいろなものを見て気付かない。それが生きる術。気にしていたら生きていけない。

小さなことに悩んで、ささやかな悩みを解消させるのはとても大切。
しかし、お互いに小さなことに悩んだり、一方的に「高齢者だからきっと世の中に良い事をしたいはず!」とかそういうリソウを掲げたりしないで、さりげなくさりげなく、使いやすくかつ、楽しいウェブサイトが増えれば良いと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

酔言:
小さな話ですが、私は知的好奇心の強い高齢者を見るとすごく嬉しくなる。
仕事柄、それなりに知的好奇心の強い高齢者と接するとアドレナリンが、すごくネクタイが似合う人に会った位、暴発するのですが、それって、これだけ毎日シニア・シルバー層と会っている私がそうなのだから、きっととても少ないんだと思う。人は思っている事と違う事に興奮する。って、インドに行った時に思った。
普段、そういう高齢者が少ない、考える事が嫌だという人に多く会っているからこそ、もっと知りたい、もっと考えたいと思ってくださる方を、本当にかっちょいいと思うんだろうと思う。

仕事柄、50歳以上の人には多く会いますが、私が、今、かっこいい!と目をきらきらしてしまう(決してネクタイが似合うとか、ロマンスグレーで胸きゅんとかそういうのではなく。多分)ことが通常になったら、すっごい高齢化社会ができるんだろうなあと、時折思うのであります。


と、酔文は、自宅で一人で飲みながら書いているのでお許しを。書かないと書けなくなってしまいそうで。
→夜中に一度書いてUpしたものを朝未公開にし、1日経って再度公開したので、朝から飲んでいるわけではありません。悪しからず。

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考えるの、お嫌いですか。

あっというまに3月も終わり。
桜も満開@東京、つらい花粉の季節もそろそろ終わりです♪

さて、当社で受けていた新宿区の講習会もワンクールがそろそろ終わります。
延べ600名とか、もう数え切れない方にお越しいただき、めまぐるしい1年でした。

今日は今年度最後の授業です。

授業の最初には自己紹介をします。

「○○です。覚えても直ぐに忘れちゃいます。」
「××です。覚えることはあきらめました。楽しめればうれしいです」

そんな自己紹介。
そんな中、今日の人
「私は後期高齢者になったので、考えるのが億劫です。」

考えるのが嫌です。
歳をとったので勉強したくありません。

そんな言葉をよく聞く。

本当は、学ぶことはとても楽しいのに、多くの人は「考えたくない」という。
とあるユーザーテストをしていて、説明書を読んでいただくのだが、説明書、それもものすごく解りやすく描いたつもりなのに、文字を見た瞬間に「文字嫌いなんだよね。」

キャプチャだけを見ているので、応用が利かない。
例えばユーザー名を自分で決めましょう、と書いてあっても説明書のとおりにユーザー名を入れる。
なので、ユーザー名入力画面の画面キャプチャのところに mami と書いてあると、みんな、何も考えずに「mami」といれる。 なぜ?(結局、mami の部分は修正テープで消して、mamiと入れさせるのを止めました)

考えたくないは、考えないに通じる。

覚えるのがつらい、目が良く見えないのもつらい、考えるのがつらい、新しいことをするのがつらい。
余り考えずに楽しいことをしたい


自分に関係ないと思ったら、興味を持たない


Yahoo!の一面に出ていても 初音ミクを知らない。興味が無いから。若い子がやるんでしょ?自分には関係ない。
自分の生活に関係ない殺人事件はみんな知っている。読んでいる。「最近の子は怖いよね」「いつ危険が来るか解らないよね」だけど、難しそうな著作権問題とか、読まない。

使いやすさは、考えないでも操作できること、となるわけなのだけど、なんか腑に落ちない。
考えないで操作できて、直感的に使えて(つまり、そういうことだ)、いろいろな楽しみがその先に広がるのだけども、それでいろいろ人生が広くなることもあるだろうし、便利に情報を得られることも出来るし。

自分が高齢者ではないし、高齢化しないように気をつけているからこそ、高齢者の気持ちが解らない事がある。どうして考えたいと、勉強したいと思わないんだろう?

もちろん、すごく勉強好きな人もいる。努力している人もいる。
学ぶことって楽しいと、気づいてくださる方もいる。

でも、「考えるのがいや」という人のほうが多い、というのが雑感。
考えるの、お嫌いですか?でも、結構楽しいのに。学ぶってすごい楽しいのに。新しいこと始めるって、最初はつらいけど、できるようになれば本当に楽しいのに。

考えないでも使えるウェブサイトになるよう改善点を出しながら、なんか、モヤモヤしている私がいる。

#しかし、私も最近行動の高齢化が進んでいる。考える、新しい何かを始めよう。

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