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「使える」と「できる」の線引き

「使える」「できる」という言葉はとても難しい。
何をもって使えると言うのだろう?
そもそも、パソコンを使えるって何だ?
パソコン、できますって何だ?
使えないサイトって何だ?
インターネット、使えるって何だ?
インターネット、教えて下さいってなんだ?

パソコン教室を始めて6年たち、すっかり「そっち側」に入り込んでしまっていた事に気づいてしまった記事を読ませていただいた。色々考える。(大感謝)
昨夜、昔うちの教室でバイトをしていた妹と話しながら、「インターネットを使えるとか、サイトが使えないとかって、いわば業界用語みたいなもんなんじゃないの?」と指摘された。

「普通、サイトが使えないとかって、意味分かんないよ」

そうか。そうだ。とても反省した。私にとっては、目的を達成できないサイトの事を「使えない」サイトと言っている。目的を達成できないどころか、にっちもさっちもできないサイトの事も「使えないサイト」と呼んでいる。
伝わらない言葉を使ってしまったのは私のミスである。

人は「使えない」サイトを目の前にして、本当に固まってしまう。どこから手を伸ばせばいいのか解らないのだ。使えないサイトを目の前にすると閉じるか、助けを求めるか、戻るかのいずれかである。

少なくともパソコンに恐れを抱かない「使える」人にとっては、使えない人が使えないサイトの前で固まっている姿は想像が出来ない姿だと思う。それって、どんな感じなんだろうなあ。

「お姉ちゃんの運転と一緒じゃない?対向車が来ると動けなくなっちゃうの。私には信じられないけど」と妹が言う。

確かに近い。実際、車を運転するのが怖い私は、対向車が来ると頭が真っ白になる。(もう乗ってません。安全のため。)でも、運転し慣れている人は、対向車が来たくらいで右にも左にも行けなくなってしまう、後ろなんてもっての他の人の気持ちはわからんだろうなあと思う。(助手席の人も真っ青だ)


使えない、できる、その言葉の説明の難しさについて、私の中ではイメージは「料理できます」だ。これは、「パソコン使えます」と似ている気がする。

できるとできないの線引きが難しい。なにができたらできるのか分かりづらい。
#レトルトとか、カップラーメンとかでお湯注ぐとかは料理じゃないです。と思う。

料理は、するものなので、「できない」なんてことは、ありえない。
「できません」という人の気持ちがわからない。
包丁使えませんとか、良く解らない。
が、たぶん、そういう人もいるんだろう。料理をしないのか、できないのか、謎です。

料理は出来るけどお味噌汁にパイナップルを入れちゃうのも、料理と言うのかな。料理できますのうちに入っていいかな。
嫁のメシがまずい


「できる」とか「使える」の線引きとてもは難しい。
ワードで文字を入力するだけでも「できる」かもしれないし、Office系のソフトは全く駄目なエンジニアさんも「できる」。

まあ、自分が「できる」と思っていれば、それでいいんだと思う。
別に私は料理が決してうまいとは思っていないが、まあまあできる。

自己流だし、基本がわかっていないけど、できないことはない。効率も結構いいと思う。(昔付き合っていた人がすごいうるさい人だったので、味付けも鍛えられた)
でも、「できる」と言っていいんだろうか?全体的に茶色の食卓を、できるといってしまっていいのかな。

 やはり、「できる」の定義は難しい。人によってできるのレベルが違う。


私は魚は捌けない。いばることじゃないが。
ちなみに、我が妹は調理師免許を持つほどなのですが、魚をさばけない私をよくバカにしてます。魚捌けなくちゃだめですかねえ。駄目ですか。刺身買って来ちゃだめですか。できると言っちゃまずいですか。それとも刺身を食卓に並べられるので「できる」って言っていいですかね。

私が「料理できます」と言った時に、相手が「ああ、魚捌けるのね」と思うか「卵焼きね」(卵焼きだって極めれば一番難しいぞー!)と思うか、相手のレベルの「できる」という言葉を自分のレベルの「できる」という言葉で判断しちゃだめだよね。と思う。
相手の「できる」「使える」にはいろいろあるって事を、心の底から認識しなくちゃいけない。


日常料理は料理のうちなのか、おもてなし料理ができて料理が出来るなのか。

出来ると言う言葉は幅広い。使えると言う言葉と同じ位幅広い。


私は、「料理できません」という人の気持ちがわからない。なんで?作ればいいじゃない。切ったり煮たり茹でたり、なんでできないの?うーん、やっぱり解らない。

たぶん、今、私が「解らない」と言った気持が、サイトを使えないという言葉の意味がわからなかったり、パソコンが使えるってどういう意味なの?という人の気持ちと似ているんじゃないかと思う。

どうして計量スプーンがないと料理が出来ないんだろう?
どうして、はじめて会ったサイトで、クリックするのに迷うと閉じるボタンを押しちゃうんだろう?

でも、初めてではないサイトであれば問題なく使える。使っている本人も「使える」と言っている。それは間違いない。が、初めてのサイトでは閉じてしまう。それは「使えない人」と定義していいのだろうか?それとも。そのサイトが「使えない」サイトと定義されるのだろうか?

「できる」という言葉は相手によって全く違うし、そのことを認識しておかなくてはだめだと思う。同じような仲間といると、違う人がいる事を忘れてしまう。

今日から研修にきたK君が言った。「あたりまえの定義が違うんですね」

人によってできる、使えるの定義が違うんだから、私が使えると思っている人はほかの人から使えないと思われるかもしれないし、逆もまたしかり。

使いやすいサイトとか、使いやすいサービスは、できる人ができることを声高らかに言うのではなくて、それを使えない人、できない人を認めるところから生まれてくるんだろうなあとちょっと思った。


#今お帰りになった50歳代男性が「社内の若い女の子にパソコンの事を聞くのがいやだ。少しは使えるんだけど」という理由でお通いになっている。彼はパソコンが使えるけど、使えない。もしかしたら、部署のおじさまは使えなくて困っているかもしれませんよ。ぜひ、声をかけてみてください。普段は出来るけど、使えなくて困っている人の気持ちを少し覗けると思います。
使えない人を責めるのではなく、使えないことを認める事から良いシステムと人間関係が生まれるのかな。ああ、これは自分の手帳に書いておかねば。「なんで使えないの!」ではなくて、「こうやったら使いやすくなるかな」そうそう、原点回帰。

#どうでもいいが、今、「インターネットで●●の電話を調べて下さい」という知らない人から電話。うちは何屋さんなんだろう?調べちゃったけど。クイズ屋さん?

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