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こころとからだ

とある企業様のリクルーティングを依頼された。

その一つの条件に「こころは若いが、体は年相応。」というのがあった。

教室に戻り、教室にいらしている方々の顔を見る。

「あの人は、若いよねえ。」

「あ、でも、質問内容は年相応だ」

パソコンに関する質問内容は得てして「これどこにあるの?」「このやり方がわからない」というものが多いのですが、加齢による視野の狭さなどが質問内容に反映される。

「そうだね、めっちゃ若そうに見えるけど、質問内容は年相応だね。」


そんな会話が繰り広げられた午後。

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シニア向けケータイの難しさ

そもそも、「シニア」ってどういう人なの?というのが、見もせず、なんとなくで偶像を作っているのが問題な気がするんですけど。

低調なシニア向けケータイ、40歳以上で5%未満

という記事なんですが。

色々お話をいただいて、毎回思うのが、「ターゲットにしている人は実在している人なんだろうか。」ということ。

先日某社の携帯講座をしたことはここに書いたかと思うのですが、シニア層、といっても、60歳代後半がメインだったのですが、彼らは講座を受けた後に一言。「でも、若い方がかっこいいじゃない?」

50歳代も数名出席されていたのですが、50歳代は「まだらくらくホンって年じゃないよね。若い子に笑われちゃう」と。

使いやすさは、押し付けがましさは違うと思う。
あなたは年なんだから、コレを使いなさいよ、年相応にしなさいよ、と言われるのとはちょっと違う。
それって、中学生の時に「あんたは子供なんだから、そんな事しらなくていいの!」と言われた時の反抗心に似ているのかもしれない。

意外にユーザーを獲得できていないシニア向けケータイだが、何が余計で、何が足りない機能なのだろうか。

実際問題、シニア向けケータイを使っている人が、どのくらいウェブリサーチに解答できるかと言う話もありますが、(先日も学校の先生は100%パソコンを使っていると言うウェブリサーチがありましたがそれってちょっと可笑しい)足りないとか、足りるとか、そういう機能を考える前に、彼ら、というよりは多分多くの人がターゲットにしている団塊世代を中心とした人達が何を求めて、なぜシニア向けケータイを使わないのか、たとえば65歳くらいまでのおきゃんなシニア層、もしくは準シルバー層が何を求めているのか、側に言って自説を振り回すんじゃなくて、根気の要る仕事だけど話を聞くって大切じゃないの?と思うのです。

おじさまがたは比較的年齢を従容として受け入れるけどオバサマはね。女心は難しいのですよ。

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情報源は?

シニア層女性の分類の軸の一つに、「男の子のハハであるか、女の子のハハであるか」ということがある。


私達の仕事は、少しの会話からその人がどのような性格で、どのようなことを望んでいるかを見極める仕事でもある。そのために、仕事だけではなく自分たちの為にシニア層の分析をしている。

話をしていると、たいてい「男の子」の親か、「女の子の親」か解る。ミックスされている場合にはどちらの影響を受けているか、なんとなく感じることが多い。

その違いは情報源の違いである。
子どもというのは得てして情報源である。

同い年の方でも、子どもの年齢でかなり物事に対する感受性が変わる。
それは子どもから得られるだけではなく、子どもの友達のお母さん(得てして子ども同士はつながりがないのに)から得られる情報もある。とはいえ、子どもも妙齢になり、「結婚した」だの「子どもができた」などで疎遠になる事もあるのだけども。

年をとると情報源が少なくなる。これは男女ともにそうなのだが、今日いらしたMさんも同じ事を仰っていた。「うちは子どもと同居じゃないから、新しいことは全然解らなくって。子どもも私がパソコンに興味があるなんて重いもしなかったみたいだし。」

私たちは普段、情報の過多など気にしない。インターネットを開けると情報の洪水だと人は言うけど、あまり気にしたことはない。それを避ける術をなんとなく手に入れている。

ところがそれに慣れていない人は難しい。

シニア・シルバー層対象のビジネスは情報源の選定からも考えなくちゃいけないってことだ。

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こころとカラダは違うから。

最近、人と話しているときに「加齢」を「過労」といってしまいます。不思議ですね。

普段、私たちは1日何十人ものシニア層に接している。
若く見える方もたくさんいるし、若く見えるのが普通なのかもしれない。
昔は70歳と言えばイメージは杖ついている感じだったのが、杖はついていても今の杖はお洒落だし、昔ながらの「おばあちゃん」と言う人が都会にはいなくなってきた気がする。昨夜もシニア層30名の懇親会があり、若手で56歳、最高が88歳というメンバーだったのですが、皆さんオシャレでそれはそれは「若い。」
たぶん、シニアと接する機会がない人は昨日みたいな会で「うわあ、若い!」と彼らの若さに目を真ん丸くしてしまうだろうと思う。

若く見えるのはいいこととは限らない。
どうしてこんな質問をするんだろう、と思った時は大体実年齢と見た目年齢でかなり乖離がある。
いくら心が若くても、どんなにオキャンでイケイケでも、質問を聞くと大体の年がわかる。
そのくらい、パソコンと加齢はしっかり結びついている。

ウェブ操作には3つの問題点がある。
カラダ、ココロ、ワザ。
ココロはコンテンツに関係する。ココロが若い人と若くない人が欲するコンテンツは違う。
こんな情報見たくないわ、もっと新しい情報、面白い情報がほしいとシニア層は言う。
「ばばくさいのなんか嫌よね。」と彼女たちは口を揃えて言う。私は若いんだから、シニア向けとかって「ちょー関係ないしー。あ、でも、シニア割りは大好きー」って感じだ。

カラダは年齢に依存する。
あたりまえのようですが、年齢が高くなると、ウェブ操作がまったく変わってくる。
年をとると忘れっぽくなる。細かいことに気づかなくなる。視野が狭くなる。面倒くさくなる。覚えられなくなる。文字が読めなくなる。考えたくなくなる。
ココロは若い情報を欲しているのに、体は正直だ。「若い子向きでチョー使いづらい」とか思っている。

ワザは経験に依存する。とはいえ、最近、そのことも少し疑問視していて、独自でインターネットを使っている方はリンクをダブルクリックすると信じている方もいらっしゃるし、ツールバー系はいろいろと混乱している。ワザも比較的加齢問題がかかわっている。

見た目の若さにだまされてはいけない。
上澄みの言葉にだまされてはいけない。
ココロとカラダはどうやっても違うのだから。

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若さか若作りか

昔々、某社のお仕事の手伝いをしていた時に、50歳からの○×講座をしたところ、70歳以上ばかり集まった。
下手に50歳などと打ち出すと「おお、中高年向きだ!」と解釈し、意外とシルバーが集まる、というのはいつだってそうだ。というよりも、50歳台はしっかり働いているのに、日中に講座を持つほど間抜けな事はない。

今年度、弊社の有するパソコン教室が新宿区のIT講習会を受け持つ事になりまして、それもあって非常にバタバタしているのですが。

講座内容などを色々目に見えない仕掛けをしてみたら「もうオワタ」的に言われる有料IT講習会が4倍の倍率で抽選になってしまった。

実は、その中で一つ、団塊世代向けに講座を設けてみた。
自分が普段皆さんに提唱している事や、自分の中での仮説を実証する為だ。

今、弊社の広告は、65歳前後の方に非常に評判がよく、私の中での一つの仮説が実証された。今度は「年齢」に関する仮説を試してみたのですが。。。

年齢の事は触れず、年頭にあるのは団塊世代、団塊世代のためのスケジューリング、内容、・・・・・。

蓋を開けたら半数が70歳代だった。

勿論、ターゲットになっていた方々もたくさんご応募くださったので4倍を越える倍率というのが成立したのですが、それよりも私の中で衝撃だったのは70歳代が名(年齢)を連ねていた事でした・・・

昨日、とある企業さまの講習会をやっていて、「シニア向けの商品」を生徒さん向けに紹介したのですが、最後に一言、H嬢(68)が「でもさ、ださいわよねー。私だって若いこと同じのでかっこいいのがいいわよ」

それを受けたI嬢(73)「そうよねー。私も、使い勝手がシニア向けの方がいいって解ってるんだけどね、でも、かっこいいほうがいいじゃないね。」

確かに、「70歳」の固定概念から比較すると、彼らの考えも行動も非常に若い。
しかし、多くの70歳、60歳代を見ている私としては、彼らの行動は「今時の年齢の年相応」に見える。

若さ、という非常に曖昧な言葉は定義が難しい。
今時のシニア層は若いですものね、というのは、言うはやすし、伝わりつらし、の言葉である。

シニア層は自分の若さを信じて疑っていないし、だからこそ、50歳台向けに作った講座に飛び込んでくる。
多分、「大丈夫だ!」と思うのだろう。(結局クラスは増設し、年代別に分ける方向になったのですが)

しかし、下から見ると、確かに従来の70歳と言う固定概念よりも「若いですね」とは思うのですが、実際には「(でも年だよね)」という気持ちが見える。とある方曰く「老いを認識するってことが最近の年寄りには足りない」だそうで、シニア向け商品は彼らのために考えられているのであるから、彼らは使う「べき」なのである。なのに、子の心親知らず(痛いんですよね、残り後2本(笑))、シニア・シルバー層は自分の若さを信じ、若年層はその若さを心の中で「若作りじゃない?」と思っている。

そんな溝がシニア向け製品を難しくしているんだなあと、しみじみ思う。
本当は、数字も何よりも、実際にユーザーの近くに行って、近くに立って、悩みを感じてあげるのも重要。
まあ、言うのは簡単。これを言うと皆なぜか巣鴨に行くのは謎なんですけど(笑)

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ジーさんバーさんと孫、という記号

「やっぱり、おじいちゃんといえば、孫だよね」
「おじいちゃんは孫と連絡取りたいよね」

と思っている人は結構いる。特に、60歳が近づくに連れて多くなる。
ご自分の周りに孫がワンサカ生まれてきて、実は、自分も「おじいちゃんの仲間入り」であることを余り認識していない人は結構多い。

「おじいちゃん」「おばあちゃん」というのは記号性を持っており、どうも日本昔話的な意味を有している。「あるところにおじいちゃんとおばあちゃんがおっての。」

60歳は確かに孫もかわいいが、ご自分が遊びたい盛りだし、孫は目に入れても痛くないかもしれないが(いやいや、リアルには痛いと思うけど。)それでも「毎日面倒見てね」と言われるほど、盲目的ではない。

今、自分が叔母をやりながら、姉の子もたまにくるからかわいいし、お小遣いも上げたくなるし、面倒も見る。よく貢ぐ。定期的に物も送る。時折、祖母というのはこんな感じなのかも知れぬと思ってみたりもする。

比較的年が上の方とシニアビジネスの話をすると、どうしても「おじいちゃんおばあちゃん」というのが80歳くらいに見える。まあ、ご自分の両親を「おじいちゃんおばあちゃん」と呼んでいる方も多いからそう思えてしまうのだろう。まさか、時代がその人たちを「シニア」と読んでいるなどとは思いもしないのではないだろうか。

「70歳でパソコンなさってるんですか、すごいですね」と60歳が言う。
しかし、若い子から見たら「えー、60歳でパソコンしてるんですか?すっご~い」ときっと歓声があがるだろう。
50歩100歩だ。いや、60歳70歳だ。大きく違うが、大して変わらない。

世の中、「じーさん」「ばーさん」という記号に紛れて、シニアビジネスを見失っているところもあるんじゃないかと最近思う。一体、自分が狙っている市場は「どの人なのか」それを「おじいちゃん」「おばあちゃん」という肩書きなしに考えることも必要だと思う。おじいちゃん、という言葉のくくりで市場をくくるのは非常に安易だ。シニアという言葉に然り。くくるのは楽だが、他人が使ったくくりで自分の目の前もくくろうとするとひずみが発生する。

まあ、20で子ども生んで、自分の子どもも20歳で子ども生めば、40歳で立派なおばあちゃんですしね。

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Yahoo!みてますから。

弊社のパソコン教室がマイクロソフト社のICTマスターという新しい資格のトレーニングセンター(仮)になった。
新聞にその記事が出たらしく、よく個人の方から電話が掛かってくる。
若い女性もいるし、それなりのお姉さまらしい声の方もいる。

私がとった電話。
「私、ICTマスターになりたいんです。」とお姉さま。
「今朝新聞でこの記事読んで、ずーっとヤフー探しているのに見つからなくて、ようやく見つけたのよ。なんでもっと解りやすくしてくれないのよ」

と言われても。

実は、その時、そのお姉さまがみていらっしゃるページ(推測:MS社のプレスリリース)は私も未だみていなかった。
お姉さまと電話をしながらパソコンでそのページを探す。マイクロソフト→企業情報→広報資料・・・。その仲の奥深くに、それはあった。確かに、我が社も掲載されている。

「今ご覧になっているのはマイクロソフトのページですか?」とお姉さまに問う。
「違うわよ、Yahoo!からきたのよ」

!?Yahoo!のトップに載ったのか?とYahoo!をみる。載っていない。

「Yahoo!から来たのよ。ずっとYahoo!から探したの。」Yahoo!から探すのがどれだけ大変だったか、と言う話がこの後5分くらい続く。

「で、ご覧になっているのは?」

色々なウェブに掲載されるという話は聞いていたので、どれかを確認したかったのだ。

「違うわよ、Yahoo!(続く)」

結局延々とYahoo!から探したという話になり、私が見ているページと彼女が見ているページが一致しているかは解らなかった。「このページを見ていると・・・と書いてあるんだけど」というのも、結局解らなかった。

彼女にとって、どのページであれ「Yahoo!で探せばYahoo!の一環、Googleで探せばGoogleの一環」ということなのだ。

なぜ、そんな事を思い出したかと言うと、現在先日のヒアリング項目のまとめをしていて、「ホテル情報はYahoo!をみれば一発よ。沢山情報も載ってるし」と仰っている場面を、たまたま今、入力していたからだ。
そして、その後彼女にパソコンを触って貰ったら、Yahoo!からホテル名を入力してホテルの正式ページをみていた。「ほらね、Yahoo!でみれば沢山でてるでしょ。」

同じ事が50歳代後半のお兄様にもあって、「Googleで探せば一発だよ」とGoogleで情報を探す事が全て「Googleでみている」になっていた事を思い出した。

Googleツールバーとサイト内検索ボックスの違いが解らないのは、その辺の区別が解らないからなのかもしれない。

以上。

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シニア層と中学生

最近バタバタしておりまして、更新が遅れてすみません・・・。遊んでいるわけではなく・・・。

時折ボランティアで中学にパソコンと人生(笑)を教えに行っているのですが、中学生のPC操作とシニア層の操作の違いに毎回驚いています。

例えば中学生はページが出たときになんの迷いもなくスクロールしますが、シニア層は見た瞬間に自分のほしい情報が少しでも表示されていないとスクロールしない。中学生は目的のページが表示されなければ「戻る」ボタンを押しますが、シニア層は「閉じる」ボタン。別ウィンドウが出て、元のページが見えなくなっても、タスクバーでさらりと中学生は画面を切りかえますが、シニア層は「なくなった!!!」ともう一度スタートボタンから新しくIEを立ち上げます。

普段シニア層に教え慣れている私としては、自分が中学生に教えるときにシニア層への教え方を癖で持っていってしまい、その理解力の速さ、そして、しりたいことのズレに毎回びっくりさせられます。

例えば50歳代と60歳代でも操作が違います。これは慣れているから、という問題だけではなく、やはり老化の問題も含まれています。年をとってきているなあ、と普段シニア層に接していて思うのは、視野の狭さ。中学生は人生の視野がまだ狭いかもしれませんが、シニア層はリアル視野が狭くなる。50歳代は見えているものが60歳代になりその見えているものが小さくなり、そして、70歳代になるともっと狭くなる。その辺の細かい話はいずれしていきましょう。

従来ウェブサイトでの視線はZ型やなんとか型といろいろといわれていますが、シニア層は最初の視点が画面の真ん中に来ます。画面の真ん中でそのページでできることを判別します。女性は男性の手を見て決めるとかどこぞのモノの本に書いてありましたが(ほんとかな?)、シニア層は画面の中央を見てそのウェブサイトがウェルカムかどうかを決めます。そして女性は画像情報を、男性は文字情報を見て、そのウェブサイトの価値を決める。

中学生は画面を見渡す。シニア層は画面を見つめる。
検索ボックスがあった場合、中学生はその検索ボックスが「どこの」検索ボックスか判断できる。しかし、シニア層はGoogle検索ツールバーのボックスも、サイト内検索も区別が付かない。

「それは使い慣れているという問題ですか?」というご質問をよくいただく。
「例えば、今の、ネットを比較的使い慣れている団塊世代が65歳になった時、どうなるんですか?」

それはどうなるかは私には正確には解りませんが、使い慣れているからこそ、「使える」と思っているからこそ、体の老化についていけないが故の問題点が生じると考えています。

それは5年前にわが教室に通っていらした方が久しぶりにいらして、ウェブ操作をしたときに愕然と感じる老化でもあります。「前はそんなことなかったのに!」と驚くことも多い。

と、まあ、中学生とシニア層の違いをツラツラ書いていきましたが、本日のオチ。(今までオチなんてなかったのに)

中学生とシニア層の決定的な違い。

中学生は私の年を聞いて「オバサンだ!」と言い切ったが、シニア層は「まだまだ若いわね」と言ってくださる。

やっぱりシニア層といるほうが楽しい気がする。(笑)もちろん、中学生には「君たちもあっというまにミソジさ。」と脅しておきましたが。本日、中学生のパワーに完敗です。

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