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ほや

ほや、ってご存知ですか?
魚類らしいのですが・・・。
現在弘前に来ておりまして、とあるレストランに入ったら「ほや」の二文字。

「ほやってなんですか?」

思わず一緒にいた人に聞いてしまう。

「えーと、好き嫌いがありますね。人によって」・・・(くさやとか、なまことか、その手か・・・)

先ほどほやを調べてしまったので、その言葉の流れを覚えてないのですが、まずは貝なのか、魚なのか、悩んだのです。

「帆立貝みたいなものですかね」

「うーんと、料理しようとするとぴゅーっと飛んでくる」

ますます解らない。

「パイナップルみたいですよ」

ますます、ますます解らない。

「わたしだめ~」「私も苦手です」前の二人が盛り上がる。でも、私はますます混乱していく。


結局、お茶タイムが終わってから私はネットでホヤを調べた。
思っていたものとはまったく違った。
帆立貝の貝の中になまこがいるような感じだった。貝がうつぼみたいになっているのかと・・。

二人は私の知らないほやについて嬉々と語る。なんだかうれしそうだ。

シニア層が「わかっている人」から話を聞くときは、きっとこんな感じなんだろうと話しながら思った。
でも、私の中ではほやはまだたこの足みたいなものですけど・・・。


ところで、当社の保有するパソコン教室 パソカレッジ弘前教室がオープンいたしました。
弘前の方、ぜひご紹介ください。 弘前市堅田1-5-1 電話 0172-39-1050

現在オープニングの研修で弘前に来ているのですが、研修を受けている人がお客様と接したときになぜ悩んだのか、どの点で悩んだのか、私は見ただけで解ります。後で指摘すると、ほとんど外れたことはありません。生徒さんに対する接し方も同じ。でも、それをなぜ解ったかを説明するのは難しいです。

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百聞は一見に如かず

とあるシニアビジネスをされているご担当者様が遊びにいらした。
打ち合わせ半分、煮詰まっているのを打破するのに半分、色々その「モノ」がシニア層にどうしたら受けいられるのかなどを話していたら・・・

そこにいらしたTさん。「あたしはね」と会話に加わる。
うちの教室はなぜか人が話していようがなにをしていようが、話に入り込む習性がある。

「あたしの行っている教室では○○でねー」

悶々と考えるより聞いてしまったほうが早い。門の中に心を入れるより、門の中に耳をいれてしまったほうがよっぽど早い。

ああ、そういうことでうれしかったり、購入したりするんだー。という話で盛り上がる。

先日はとある記事を書きたいという人が教室に遊びにいらした。(本当は遊びじゃなくて仕事ですけどね。教室にいらっしゃるのは遊びに来るものだ、というイメージが強くて・・・)

とある事象について語っていたらそこにいらしたKさんが「僕の周りでそういう人はさー、こういう感じの人が多いんだよね。」

なるほど納得、というよりも、そういうモノゴトに対して、シニア層がどう捉えているのか、それがネガティブなのかポジティブなのか、どういう言葉で反応するのか、聞いていると本当に面白い。

プレゼンなどに行っていると、シニア層のデータは、とよく出される事がある。
私が自社資料を出してしゃべり始めると「そうそう、そういえばうちのオヤジとかも・・・」と話になる。

私たちがシニア層をその企業に合わせて分類するときは、通っている人の名前を全部印刷したものを、その商品の購入やその目的にあわせてKJ法のごとく分類していく。「この人とこの人、似てるよね」という感じだ。

それで分類するとたいていは外れない。

シニアビジネスをはじめるのに、データもいいですが、きちんと「生の声」活用してますか?生の声は届いてますか?


しかし、いまだに、生の声を聞くと驚く事が多い。自分自身もシニア層の考え方、消費行動について知らない事はたくさんあるということを、彼らから学ぶ事が出来ます。ちょっと話し長いですけど。

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ウェブサイトと方向音痴

私は、方向音痴である。

「ああ、所謂地図が読めない・・・ってやつね」ではないのです。地図は読める。どこからどこに行く、というのは結構確実にできます。等高線も読めますし。

何が苦手かというと、俯瞰的に場所を見るのが苦手なのです。
なので、この1点と違う1点が行けない。

どういうことかといいますと、住友三角ビルにはいける。都庁にもいける。だが、住友三角ビルと都庁がどうつながっているのかはわからない。

学校にはいける。私が通っていた中学は駅から遠かったのですが、一定の方向からしか私は学校に行けない。反対の方向だと頭がこんがらがるのだ。そう、勘が悪い。

私が運転が下手だというのは運転の技術もさることながら、道の原理を全く解っていないということが運転の下手さを助長しているような気がする。一度、お台場にすんなりいけたので、もう一度行こうとしたら品川駅周辺あたりでまるで迷路に入り込んだようになってしまった。同乗者が「もう一度、この道を通ったら頭悪いんじゃないかと思うんだけど」と目を三角にして私に通達してきたくらい、解らない。道が全て京都のように碁盤の目であればいいのだが、斜めなどを向いていると、もうだめだ。どの時点で平行でなくなったのかが私の小さな頭では理解できない。

昨日もとある店で待ち合わせをした。地図をおいてきてしまったので、電話でうちのスタッフにナビをしてもらった。

「地下鉄を出たらすぐ右」と彼女が言う。


地下鉄を出て、少し先に右に曲がれる道があったので、曲がった。
正解は、地下鉄の出口を出て、迷わず右、だったのだ。迷って先に歩いてから曲がってしまったので、店からは大きく離れてしまった。そして遅刻をした。迷わず右、でもいいし、曲がれ右、でもいいし、「出たら右」よりははるかにいいかと思う。

某社にもいったのだが、某社への地図を頂いたら、行くまでに3本ほど道がある。となると、どの道を行けばいいのか悩むのだ。着いてから「なーんだ、上見て歩けばよかったんだ」と思ったが、強い雨が降っていたし、それはできなかった。

となると、地図を見ながら、「あれ、この辺にあるはずなのに・・・間違えたか、もう一度戻ろう」と戻ったりするものだから、いくら早く着いても早くつけない。目的地が遠い。

先日、はじめての土地に行った。地図は貰っていた。が、途中で不安になったので駅に引き返した。(正解はあと数メートル先立った)

この立て続けの方向音痴、というよりも迷子っぷりに、シニア層とインターネットを思う。

全体的な俯瞰ができない。マウスの周りしか道がないと思っている。全体的に見ればメニューバーで戻れるのに、それすらもできない。ウェブの中で迷子になってしまう。

車はスピードが速いので、さらに土地感覚を得られない。自慢じゃないが、姉の家に一人でいけない。(車なので)

インターネットも何かと流れる。何かと早く感じる。

「このホームページを見るのに、マニュアルはないの?」と聞かれた。
マニュアルは一種の地図である。これからこのサイトを使うとどういう風に見えて、どういう風な結果が現れるのか、どうなるのか、知りたくてたまらない。知らないと怖くて動けない。多くのサイトは、方向音痴の人が安心できる仕組みにはなっていない。

方向音痴とシニア層とインターネットは似ている。
あなたのウェブサイトは、方向音痴の人のことも、きちんと考えていますか?


いやー、しかし、これだけ毎日迷うとかなり悲しいです。東京育ちの田舎モノなので・・・。

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記事更新しました・・・。

色々まとめてみました。
どうぞ御利用くださいませ。

インターネット初心者の10の行動
シニア向けウェブサイト構築のための10のポイント
シニアビジネス成功のための10のポイント

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シルバー層の隠れた本音

ひそやかに、電子書籍があつい。

それも、シニア・シルバー層の間である。

先日、機会があって著作権の切れた本が読める青空文庫を紹介したのだが、それ以来とにかく、電子書籍が熱い。

正直、この講座をしようという話が出たとき「いやぁ、無理じゃないのかな」と思っていた。
パソコンで本を読むって結構しんどいような気がしていた。

Tさんが「とりあえず、反応を知りたいので・・・」と仰り、その講座が開かれたのですが。

講座が終わって1週間経ち、ようやく電子書籍の意味が解ってきたようである。
となると、はまるのがシニア・シルバー層。

よくよく聞くと、朝起きてやることがないときに丁度いい。本は暗くて読めないし、パソコンなら読めるし、とのことである。さらに、本を読むのが重くて嫌になる、小さくて嫌になる、そんな時に電子書籍はいいらしい。(おかげで誰もが見やすいと回答するフォントなどが上手に判明した。)

確かに朝5時とかに起きる彼らにとって、どのように時間を有意義に過ごすかということは重要なことである。

実際、その講座の時にはそんな反応はなかった。皆新しいものを追いかけるのが精一杯だったのだ。
しかし、1週間たって、ようやくシニア層の本音が聞こえてきた。

マーケットを拡大するには本音が重要。あたりまえのことですけども。

きちんと本音を得られる仕組みになっているか、一時のことに左右されていないか、チェックすることが重要です。

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失敗が出来るかどうか

ご高齢になればなるほど、もしくは、若くても私達が「高齢者気質」と呼んでいるものの一つに、「やるまえに結果を心配しすぎて動けない」というものがある。


例えば、ソフトを買ってくる。
入れる前に、入れる画面にもなっていないのに、どこに入れるのか、何をすればいいのか、どういう画面が出てくるのかなどを心配する。そんなもの、やってみればいいのに、と思う。でもできない。

先に失敗しないことからはじまる。

先日、某社の某氏と打ち合わせをしていて、高齢者が一番落ち込むのは、今まで出来てたことを失敗することらしい。と言う話を聞いた。

高齢者になればなるほど反射神経が衰える。これは紛れもない事実で、例えば、今日、駅のところで転んでしまった高齢者に会った。小さな段差に気づかず、そのままひざから倒れてしまったらしい。助けながら、若者なら、その瞬間にもう一本の足が出るんだな、と思った。高齢者は、その反射神経が衰えてくる。

ウェブを見ていてもそうだ。
ワカモノは、クリックして違うところが出ると「あー、間違った!」となるが、シニア層は「失敗しちゃった・・・」となる。判断が鈍くなる。鈍くなるから、失敗する。失敗すると落ち込むから、出来る限り失敗しないようにする。

ウェブサイトを見ていて、間違ったところをクリックすると大慌てで閉じようとする人が多い。
彼らの反射神経は 間違ったー>閉じなくちゃ に向かう。閉じれば失敗から目をそらすことが出来るから。

まず、ウェブサイトは「見ている人に敵意を持っていませんよ」とお知らせするトコロからはじめる必要があるんだと思う。「あなたはこのウェブサイトで、こんなことが出来る。そのためには、ココをクリックするのよ。大丈夫、あなたはきっと失敗しない。もし失敗したと思ったらそれはただの回り道で、あなたの欲しい情報は必ずこのサイトにあるのよ」とまるで夜泣きをする子どもに諭すように、そんなウェブサイトが求められているんだろう。


と、なぜ、その行為があなたには出来ないの、恐れずに押せば良いのに!という現場から、思ったわけです。
大人になると言うことは、失敗を恐れると言うこと。失恋をしている友達を見るたびに、ウェブサイトとユーザビリティを思い出します(笑)

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