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囲い込み

「シニア層って囲い込まれるのいやなんですよね」と某さんが言う。

最近、いや、かなり前から、囲い込み、ということばに違和感を感じる。
なんだか羊になった感じだ。羊飼いがいて、羊がいなくならないように見張っている。
迷える羊を見捨てることはない。「囲い込み」という言葉にはそんなイメージがある。

私はいくつかのサービスに囲い込まれている。
例えば楽天。個別ショップに囲い込まれているのではなく、楽天と言うシステムに囲い込まれている。
多少高くても楽天で買いたい。ポイントがあるから。(楽天の回し者じゃないけど)
月間かなりの額を楽天で済ませる。楽だから。
じゃあイヤか、と言われたら「別に良いんじゃない?楽だし」となる。
使えるって事は、すでに囲い込まれているのと同じじゃないだろうか。

例えば紅光。だって美味しいんだもん。メールが来るとすぐに買っちゃう。他で果物を買う気にならない。

シニア層がウェブサイトを使う。いつも使い慣れたのが好きだから、他の会社のは興味があるから使わないの。という。それは囲い込みなのだろうか。それ以外、本当に使えないのだ。今のウェブサイトは悲しいほどに使いづらい。だから使わない。だから心が動かない。それは最初の会社にとって、囲い込んだと言えるのだろうか。

人間の心には3つのポイントがある。
満足、不満足、不満、だと私は思っている。(マーケティング用語に同じようなのがあったので、今大学時代の教科書を引っ張り出したがどこにかいてあるか解らない。概念だけ。)

満足はハッピーだ。不満はアンハッピーだ。不満足は「満足ではない」だけなのだ。だからといって、他のものを探す労力はもったいないし、別に不満ではない。なーんか物足りないけど、別に良いんじゃない?長年付き合った恋人みたいなものだ。

この人じゃないかもしれない。でも、次には現れないかもしれない。だから、まあいいか。って。
理想論はまあいいか、で結婚しちゃだめだよ、と言いたいところだろうが、まあそんなもんだ。多分。

となると、その「囲い込む」という言葉の定義すら危うくなってくる。

あるところに羊がおりました。そんな羊の物語。

羊飼いがいます。生まれてはじめてあった人間が羊飼いですから、人間とはまあこんなものかと思っています。
羊飼いはどうも僕のことを囲い込んでいると思っているみたいです。だから、僕が道に迷うと急いで僕を追いかけてきます。そして美味しい食事をくれます。まあ、いいやつです。食事をくれる人に悪い人はいないだろうと思うから。羊飼いのことはすきでも嫌いでもないけど、でも、僕はここにいて困らないし、まあ、ここにいようかな。たまには他の人にも飼われてみたいな。お隣さんに遊びに行ったけど、ぼくはやっぱりここでいいや。

囲い込む、と言う言葉を難しく考えすぎな気がする。
なぜ大上段に構えた視線でユーザーを見るのだろう?
ウェブでもサービスでも大切なのは居心地の良い空間。居心地が良いというのは、危害が加えられないということでもある。そうすれば自ずと人はそこに居続ける。

僕を、大切にしてくれる?

これはシニアからのメッセージだ。
それに気づかずに小手先の「囲い込み」は、多分、誰も座れない。
だから、会員登録をしてもらったからって囲い込んだわけじゃない。
居心地がいいな、と言う満足を引き出すか「別に好きじゃないけどここでいいや」と思ってもらうこと、それが本来の囲い込みなんじゃないだろうか。

会員登録だけして「囲い込んだ!」っていうのって、一緒に食事にいっただけで「つきあった!」って思っちゃうのと一緒じゃないだろうか、と自分の暗い過去を思い出しながら(爆笑)つぶやいてみる。あーあ。

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