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一見は百聞に。

現在、当社に某社の技術者様たちが研修にいらしている。
普通のパソコンとかの研修ではない。
「ユーザーさんがどのようにパソコン、インターネットを使っているか」を実感するための研修である。

一見は百聞に如かず、というか、「事件は現場で起きてるんだ!」というか、「シニア層はパソコンが苦手です」というのは簡単であるが、「どのような点で苦手である」「どのような点で難しいと思っている」というのは現場にいないと解らない事なのだ。これだけははっきりいえる。

今日はNさんが授業に挑戦、インターネットをほとんどしたことがない人にインターネットを触らせて、今後どのように作っていったら良いかを考えるためのきっかけにするのである。

「まず、検索エンジンで好きな事を入れて見ましょうか」とNさんがいう。これはできる人のよくやる間違いである。
→はじめての人は、「インターネットで何が出るか解らない」のである。だから「どういう言葉を入れればいいのか解らない」

「別ウィンドウが開きましたね」これも、解る人が言う言葉である。
→別ウィンドウってなによ、なのである。なによ。「あらやだ」とTさんが笑う。でも、多分その笑みの後ろは「意味解らないからとにかく笑っちゃえ」なのである。

言葉が通じないので思わずマウスに手が伸びる。言葉が通じなくて大変そうである。
ちなみに、Nさん、非常に優秀で、教えるのも結構好きです、という心の優しい方である。(ちなみに私は教えるのが余り好きではないので、なぜ彼らが覚えないのか、どうやったら(私が楽して)覚えてくれるのかをいつも考えてしまうのだ)

「そこをクリックしてください」とNさん。
「???」という顔をするYさん。「どこ?」

「その、文字のところ」

そう、指マークになる=クリックする、というのはかなり考えなくてはできない。
運転と一緒なのだ。右にハンドルを回せば右に車が曲がる。それを理解するまで、ちょっと時間がかかるように(私だけ?)どうすればどうなるのかはまだ想像がつきにくい。
新しい用語は車のバックみたいなものだ。私など、自慢じゃないが、いまだにどちらにハンドルを切ればどちらに車体が曲がるのか、かなり考えないとできない。自分が鷹になった気分で車体を上から見ているようにして、くのじに曲がるのよーとつぶやきながら、バックする。どうでもいいですが(笑)

Nさんとランチを食べたときに「きっと、クリックとダブルクリックの違い、聞かれますよー」と言っていたら、実際聞かれた。別にYさんと打ち合わせしていたわけではない(笑)。

初心者をデータとして知っていることと、初心者の困っている点を”感じること”は全く違う。

「うーん、思っている以上だ・・・」とつぶやくNさん。「実際に見てみると全然違いますね」


それが、重要なのだ。

シニア層とインターネット。

シニア向けサイトでなくても、シニア層が使う可能性があるサイトなら、是非、一度シニア層のインターネット利用実態を体験&体感していただきたいものである。

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あたたかいコミュニケーション

金曜日の夜ですもの、心が温かくなるネタを。

今日入らしたSさん(52歳)
携帯電話のパケット代の話で盛り上がった。

「娘は携帯でテレビつけちゃうのよ。」

「ありますよねー。そういう機能!」

「そういうのってパケット代かかるの?」

「かかりませんよ」

「じゃあ、うちの娘遠赤外線で写真とか送るんだけど、それもパケット代かかるの?」


「・・・遠赤外線。。。多分、かかりません。」


なんだかあたたかい写真なんだろうなぁ・・・。

今日のネタ、いただき!と思った瞬間。
良い週末を!

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日経トレンディに掲載されました

日経トレンディ増刊号
「ビジネスマンのネット武装」において「ネットビジネスで団塊世代を狙い撃て」に掲載していただきました!

私の辛口?本音トークを上手にまとめてくださってありがとうございました。

(団塊ビジネスの心得4箇条のところに掲載されております)

是非、ご購入ください♪

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できる、使えるってなんだろう?

一息ついて次の仕事に取り掛かろうというときに「使える」という言葉がどうしても頭を離れてくれない。

私がパソコン教室の運営を始めたのは2001年だった。
その前までは「リコメンデーションエンジン」を扱う一営業マンであったわけだ。
※リコメンデーションエンジンとはインターネットのお店の中で「あなた、これはどうですか」とオススメしてくれる便利サービスです。アマゾンとか、楽天にはいっているのがリコメンド機能です。

色々あって、「使える人々」の中から、突如「ちょーつかえない」人たちの中に飛び込みました。

「ボク、インターネットを基礎から学びたいんです。少しできるんです!」と聞いたときには「インターネットを学ぶってなんじゃい(くらくら)」と眩暈がしてました。「インターネットを基礎から勉強するって何?」と。「そんなの、見てればうまくなりますよ」と「うまい」の定義も解らず解説しました。今考えると恥ずかしいですね。解らない人にとっては見てろと言われても、見ればうまくなるといわれても解らないものなのです。それを実感するのに半年近くかかりました。
「なぜ彼らはこんな簡単なことに基礎からやりたいというのだろう」「ただあるものをクリックすればいいだけだし、気になる言葉を入れて探せばいいだけじゃん。」とずっと悶々としていたのですが。

それが、「ものすごく、できてる人の視点でできない人を見ていた」と気づいたのが11月のこと。「インターネットは彼らにとって難しい。」でも「インターネットができる人が偉いわけじゃない」。どこかに(当時の)インターネットができる人にとってできない人は「インターネットすらできないのか」という視点があるような気がしています。それは子供に「1週間IT講習会に通ってインターネットもできないのか!って息子に言われてね」というお母さんが減らないのと同じような気が。

「たかがインターネット」とできる人には思うでしょう。さっきの話の続きだと、料理と一緒「たかが味噌汁」「たかが煮物」でも、たかが煮物を作るのにレシピを見ながらじゃなくちゃ作れない人だっている。たかが梅酒を漬けるのに袋に書いてある分量どおりでないと気がすまない人もいる。たかが、梅酒じゃないか。たかが、インターネットじゃないか。たかが餃子じゃないか、たかが、きりたんぽじゃないか(いいオチ見つからず)

私が今でも敬愛する某醤油会社を就職活動で受けたときには(まさかIT関連に進むと思わず)、商品企画書という紙の中で「キャップで計量できるようにしましょう!」といったところ、面接官の方が「いいアイデアだけど、イマドキの若い子は、何もかも測らなくちゃ料理すらできないんだ・・・」とつぶやいたのがとても印象的でした。計量スプーンがないと料理ができないというのは多分、想像ができないんだと思う。(私は大雑把なO型なので、計量スプーンなんて使わない。)

60歳からの男の料理教室に見学に行ったときには、「うちの奥さんの料理は大雑把で落ち着かない」と仰っていました。そういえば私が昔通っていた料理教室、たまたまおなじテーブル(作業班)だったおじさんは「すみません、しいたけの飾り(上の切り込み)の角度は何度で包丁を入れたらいいんでしょうか」と真剣に質問し、先生が声にならない怒りオーラを出していた。そういうもんだ。当人にとっては笑い話じゃない。私は鬼だから帰って直ぐに皆と大笑いしたけども(ブログにも書いたし)。

不安なのだ。正しい事を、皆が、知りたがっている。なのにできる人にとっての「正しさ」とできない人の「正しさ」は見当が違う。しいたけの飾りの角度なんてどうでもいいじゃん。きれいであれば。でも、「正解」を求める。正解を求めるから、正解以外の答えが返ってきたときにパニックに陥る。そして、使える人から見たら、そのパニックに陥った姿を見て「使えない人は」という発言をなさる。

そのパニックになって使えていない様は明らかに表層的な問題だ。結果として、パニックになっている。じゃあ、彼は何を求めていた?彼女は何が出ると思っていた?それを解ってあげないと「使える」ものはできない。使えないってことが、どういうことなのか。

使える人にとって、使えない世界と言うのは想像もつかない。

その「使えないということ」を解って欲しい、とは言わない。時間がかかりすぎる。
でも、「解って当然」と思うのは止めて欲しい。システム関連の人が「使えない世界」を想像するときに、そのことが本当に使えないのかどうか、勝手な思い込みで「使えない」と思い込んでないか、もしくは「これは常識でしょ」「これは使えなきゃおかしいよね」と思い込んでないか、もう一度確認してくださいまし。ああ、でも、確認も難しいですよね。不安な気持ちに共感してください。それだけでも使いやすさはぐんと変わる。

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イマドキシニアはパソコンを本当に使えるのか?

「今、シニア向けホームページが熱い!」

というブログを書いていらっしゃる方を時折見受けられる。

確かに凸版印刷のオヤジのためのブログ・リログは11月から始まり、おじ様たちのひそかなたまり場になっているし(生の声ですよ。)、ずいぶん前だけど楽天さんもシニア市場を立ち上げ、そしてYahoo!さんもセカンドライフを始めている。他にも続々とシニア向けサービスが展開されている。
熱いのは企業ですね、ユーザーではなく(^ ^;)

「みんながシニア向けを始めるのは今の団塊世代を中心とするシニア層はパソコンを使えるからだ!」

と、直ぐに結びつける。「パソコンを使える」という定義も無いままに。

第一に、使いづらいページは、いくらイマドキのシニア層が「パソコンを使える」といっても使えない。
第二に、「パソコンを使える」ってどういうことだろう?メールとインターネットができますってどういうことだろう?
第三に、「55歳を過ぎた人のウェブ操作と若い人のウェブ操作は、やっぱり違う。さらに、65過ぎた人と75過ぎた人も違う。」だから「シニア向けですぅ、文字大きいですぅ」というのは、何度も何度もスイカのペンギンが酸っぱい口をしているのを真似をして書きますが、「文字が大きいだけじゃだめなんですってば!」

なんて安直に、団塊世代はパソコンを使えると言うのだろうか!

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「わっかんない」

「どこをクリックすればいいのかわっかんない」と言う。

解らない→クリックしてみよう、というのは若い考え方、わからない→クリックするのやーめた、というのがシニア層だ。
クリック数を少なくしようとする余り、トップページがごちゃごちゃしてしまったり、複雑な言葉を使ってしまうことは多々ある。

今、某社のエンジニアさんが当社のユーザーさんの実際のパソコンを使っている姿を見るために研修にいらしているのですが「思った以上に・その先がわかることしかクリックしない、・検索の仕方が難しそうだ」と仰っている。

なぜ、その言葉をクリックしてもらえないのかと言うと、その先に何が現れるか予測がつかないからである。もちろん、それだけではない。それだけではないが、これだと思ってクリックし、そのページが自分が思ったものと違うと思わず戻るボタンを押してしまう。本当はそのページであっていても、「違った!」と思い込んでしまう。

昔々、3秒以内にページが表示されること、と言うのがあった。(懐かしい)

■ 今のウェブに求められていること
・トップページからどこをクリックするとどのページに飛んでいくのか(という表現を使う。飛ぶのだ。)直感的に解る=ユーザーの言葉を使う。ユーザーの視点でカテゴライズする。
・3秒以内、というよりも見た瞬間に、飛んだ先のページが何であるか、何を伝えたいのか解ること、そのページが何を提供してくれるのかわかること

それが重要だ。

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囲い込み

「シニア層って囲い込まれるのいやなんですよね」と某さんが言う。

最近、いや、かなり前から、囲い込み、ということばに違和感を感じる。
なんだか羊になった感じだ。羊飼いがいて、羊がいなくならないように見張っている。
迷える羊を見捨てることはない。「囲い込み」という言葉にはそんなイメージがある。

私はいくつかのサービスに囲い込まれている。
例えば楽天。個別ショップに囲い込まれているのではなく、楽天と言うシステムに囲い込まれている。
多少高くても楽天で買いたい。ポイントがあるから。(楽天の回し者じゃないけど)
月間かなりの額を楽天で済ませる。楽だから。
じゃあイヤか、と言われたら「別に良いんじゃない?楽だし」となる。
使えるって事は、すでに囲い込まれているのと同じじゃないだろうか。

例えば紅光。だって美味しいんだもん。メールが来るとすぐに買っちゃう。他で果物を買う気にならない。

シニア層がウェブサイトを使う。いつも使い慣れたのが好きだから、他の会社のは興味があるから使わないの。という。それは囲い込みなのだろうか。それ以外、本当に使えないのだ。今のウェブサイトは悲しいほどに使いづらい。だから使わない。だから心が動かない。それは最初の会社にとって、囲い込んだと言えるのだろうか。

人間の心には3つのポイントがある。
満足、不満足、不満、だと私は思っている。(マーケティング用語に同じようなのがあったので、今大学時代の教科書を引っ張り出したがどこにかいてあるか解らない。概念だけ。)

満足はハッピーだ。不満はアンハッピーだ。不満足は「満足ではない」だけなのだ。だからといって、他のものを探す労力はもったいないし、別に不満ではない。なーんか物足りないけど、別に良いんじゃない?長年付き合った恋人みたいなものだ。

この人じゃないかもしれない。でも、次には現れないかもしれない。だから、まあいいか。って。
理想論はまあいいか、で結婚しちゃだめだよ、と言いたいところだろうが、まあそんなもんだ。多分。

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シニアとインターネットのいくつかのなぞ

Japan.internet.com の記事より
団塊世代が創り出す“サードウェーブ”

仕事を通じてパソコンでのメールやインターネットの知識はすでに取得済みであると考えられ、彼らは定年後インターネットをどう活用するかということに意識を傾けていると言える。
「メールやインターネットの知識」は既に習得済み、という言葉に妙に引っ掛かりを覚える。 うちのユーザビリティ評価では、じゃあなぜあんなにシニアの人は使えないのだろう?

だって、自分が使っているサービス以外使えないんだもんとなる。例えば、小さい頃から英語を学習する。じゃあ、「習得できているはず」、ハズですよね。私の知り合いの57歳のYさんも(ネタに使ってごめんなさいね。)「僕たちの世代はみんなメールでやりとりしてるし。」と仰る。習得度は早い。が、習得したことがないものは使いづらいと考えている。

56歳のSさんはインターネットを10年やっているから、僕はかなり使えるほうだと思うよ。と言う。「何を見てますか?」「日経の株価」「他には?」「銀行」結局、実務でしか使っていない。それで調べ物を問題なくしている人は多分、多くない。
しかし、もう一度問題意識を持つには非常にいい記事である。

ところで最大に気になったこと

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クリックできるもの、できないもの

そろそろ自主調査がまとめ終わり、発表できるかと思うのですが
その中のTIPSに触れて見ましょう。

まず、シニア層が「クリックできそうだ」「これは気付かなかった」というボタンの検証。
私達普通に使っている人(普通に使っている、という定義が難しいですが)にとってはたわいもない話。
それはリストマーク。

リストマークに気付かない、ということが得てしてあった。
今回は、なぜそのリストマークに気付かないかということに注意しながら見ていた。

リストマークの主な形は下記のとおりである。

シニア層の認知できるリストマーク

さて、どのマークの認識率が高いのか、というと、丸のつけ方で直ぐ解るかとは思いますが、左の赤で囲まれたマーク内のリストマークは理解できるが、左の青で囲まれたマーク内のリストマークは理解しにくい。

あることすら、気付かない。

2年前より色々なパーツに関する認知率はかなり上がった。
ドロップダウンリストについても意外と問題ない。
ただ、問題なのは「自分に関係ない事は見えない」

横向き三角は、「この先に何かがある」という彼らの暗黙の了解になっている。
しかし、後ろにあると「関係ないようだ」となる。○、■はもってのほかである。

シニアも使って欲しいウェブサイトを作るなら、こういうぎんぎらぎんにさりげない感じが必要なのである。

#ちなみに、画像と文字の間が空いているから、などのご指摘はここでは関連性はありません。
作ってしまった後に「ああ、チョッと文字が開いたから、これじゃあシニア層は認識できないだろうな」と思いつつそのまま保存してしまいました。文字とリストマークのスペースの件については重要ですが、ここでは触れていませんので悪しからず。

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オジサン、オバサンという常識

多くの人が「団塊世代」や「シルバー層」について誤解しているなぁということが多い。
データから入っていってしまったためだろうとも思うが、元々混沌とした情報の中から自らの気づきでモノゴトを分類し、そして検証していくというやり方が、混沌とした状態がそもそも無く、数値上でしか市場を見ないのだから、実態など捉えるのはとても遠回りになってしまっている、と感じる。

先日もお話していた方が「ほかで聞くシニア・シルバー層という話とはちょっと違いますね」と仰っていた。
大きくは違わないと思うが、実感がある、というより、100%実例であるから、違うように感じるのは当然ともいえる。

ということで、緊急のお知らせで、金曜日だし、もうお帰りになった方もいらっしゃるかもしれませんが
明日、少し話してきます。
私も所属している小さな勉強会で講師役をするので
もし、「都合がつきそうだ」という方は是非。

http://www.kikaku-party.net/

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10歳の差

10歳の頃、15歳は大人だと思っていた。
誰もが当たり前だと感じていると思うが「10歳と20歳は違う。」

ついでながら、15歳の時は20歳も30歳も変わらなかった。
なのに、自分が20歳になった時は30歳はオトナだった。
今の私は40歳と50歳はぜーんぜん若さが違う、肌のハリが違う、と思っている。
でも、20歳の子に聞くと「大して変わらないでしょ。」となる。

60歳の人に聞く
「いやあ、70歳と80歳って大して変わらないし50歳と60歳って大して変わらないよ。60歳と70歳は大きく違うけど」

なんじゃそりゃ。

最近、昔からの付き合いのある方がこぞって80歳直前になり、たまに見ると「老けたなぁ・・・」と実感する。70歳台後半にして実感するでない!という話もありましょうが、実感する。

でも、傍目からみると70歳はまだ若いし、学ぶ意欲もチャンスもあるけど、80歳からはじめるのって、それ相応の覚悟が必要だ。本人にも、周りにも。
だから、70歳と80歳は大きく違う。70歳は刺激をまだ求めるが、80歳は安定を求める。あ、70歳でも求めるが80歳とは違う。あー、80歳でも求めている人はいるが・・・。

若い子が70歳と80歳を同じに扱うのをみて「うむむ、納得できない」と思う。
それって、40歳と50歳が同じに扱われてる感じ。
というよりも、女子大生から見たら30歳以上はみんな「おじさん」だし「おばさん」なのだ。
心は20歳の私ですら、中学生に「おばさん」と呼ばれる世知辛い世の中なのだ。私がおばさんだったら誰がおばあちゃんなんだ。ぷんぷん。

だからこそ、一くくりにしないで、シニア・シルバーと言う言葉でまとめないで、きちんと「市場」ばかりじゃなくて「市場を形成している人間」の傾向を見るべきなんだと思う。

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「これなら簡単ね」

昨日は忙しいうちのスタッフ(多謝!)に変わって私がインターネットの団体講習講師をしてみた。
そう、1週間に1回、団体講習をしているのである。
わきあいあいとインターネットを見ながら、その場のノリで見るものを変える、という計画性の無い「お遊び講座」である。

IさんとTさんはお二人とも70歳を超えている。女性である。
「インターネットで何をどうやってみればいいのか解らない」と、ノートを用意しての参加である。

そのお二人が「ああ、これって面白いし、簡単ね」と回答したウェブサイトがあった。

それは、はとバス。

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シニア層と恋愛

シニア層と恋愛。中高年と恋。
あなたが思い浮かべたのはチャーミーグリーンですか?それとも失楽園ですか?それとも自分のことですか?(笑)

「一生恋愛していたいですか?」
アンケート結果は以下の通り。(回答者は50歳以上)

1

「男性は「はい♪」って答えた人は60%にもなるのに、女性は40%?それは女性が恋愛に対して飽きてるからだろうか、だんなに飽き飽きしているからだろうか、もしくは男性が夢見る夢子ちゃんなのか、女性はそもそも恋愛なんて興味が無いのか」とまあ、落ち着いて。(自分が。)

私はこの結果を見たときに、うーんと思わず唸ってしまった。
男性も、もちろん、いつまでも恋愛していたいと思う人も多いし、恋愛ネタは盛り上がるが、女性の盛り上がり方はすごい。コイバナなんてさせたらもうたまらない。なぜって皆自分の話しかしないから。
若い男の子を見て目が(のvの)pとなるのも女性だし(男性は、鼻の下が伸びる)、可愛い男性インストラクターがいるからとお稽古を選ぶ女性は意外と多い。


でも、それは「好き!」なのであって、「恋愛」という「他の人でもやっちゃうようなもの」ではないらしい。
男性は恋愛と言う言葉にすんなりくるというか、会社でもたくさん見ているから、「恋愛ってなんだかうきうきだよな」「恋愛と言う言葉って若さを秘めてるよな」と「一生恋愛していたい」みたいに見える。
しかし、女性にとっては「恋愛ってちょーウキウキ」(ByNさん、58歳)なのだ。ちょーって、ナンだ。と突っ込みをする気も失せる。
その一方で恋愛とはちょっと背徳な感じもするのだ。すこし、心にやましいものがあるのかもしれない。(笑)
そして、アンケートは「恋愛なんて、私には関係ない」とか「恋愛は、今のウキウキ感とは違いいいオトナなんだから、そういうのを認めてはいけない」という理性で回答してしまう。

だから、男性は恋愛に対して「はい」という言葉が伸びるし、だから、女性は「はい」がいまいち伸びないのかも。

でも、この数字を丸呑みにして、「じゃあ女性は恋愛をテーマにしてもだめなのではないか」というのは、だから大間違いなのである。だって、ヨンサマの純愛に自分と同一化してる人も多かったんだから!ただし、それは「恋愛」ではないので、ひそやかな恋愛感って非常に重要なのである。

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生の声の不思議

ウェブを見た瞬間にシニア層は様々な評価をウェブに対して下す。

「いいんじゃない?」
「この色使い、あまりよくないけど。私は嫌いだけどね」
「なんか、動いててお金かかってそう」

皆さん色々な事を仰る。

しかし、終わった後のアンケートは日本人ならでは?の大体が4点である。

たまにアンケート調査の回答を「生の声」と表現する方がいるのですが、その数字は傾向ではあっても、「生」ではない。まあ、人に説明するのに「10人に聞きました」というのと「300人にアンケートをとりました」というなら300人にアンケートのほうが、よっぽど信頼できそうな気がする。人間と言うのはそういうものらしい。
「どんなひとでも、私が、あの人を好きなの」というより「あの人は誰に聞いても評判がいいから好きなの」というのに似ているだろうか。自分を信じる力が弱まっているのかもしれない。

アンケートとはルーレットのようなものだ、と思っている。
調査票を作る人が、「アンケート」を作れる。
時折自由記入欄にレポート用紙をくっつけて意見をしてくる人もいるが(笑)書く、と言う行為はしゃべるよりも本音が出にくい。
ましてやキーボードで調査をするなんて、「打てる」人しか「入力できない」。

私は比較的キーボードを打つのが早いので、考えながら打っているが、(だからたまに話が飛ぶ)シニア層は頭の中で起承転結を考えながら打つ。緊張をしているのだ。

それでは、シニア層の生の声はインターネットで拾うのは厳しいのかと。

なぜ、数字を信じて、目の前にいる人を信じないんだろう?
なぜ、あなたは、友達の評判ばかり気にして、目の前にいる恋人を見てあげられないのだろう?と同じ。
「あの人は動物占いで狼だから、きっとこういう性格よ」でも、目の前の人に「あなたは電子レンジを見ているのが好きですか」とは聞かない。(動物占いによると狼の人は、電子レンジを見るのが好きだそうだ。ちなみに、私は狼であるが、好きである。)

現代人のコミュニケーション不足、要は「そんな感覚」、件の食卓マーケティングの本であれば「おなかがすいていたみたい」とか、「文句を言われなかったから、良かったんじゃないのかな」
目の前にいる人に聞かない。

それで、アンケートを「生の声」だと思っている時点で、シニアビジネスの痛さを感じてしまう。

でも、私が普段接している数十名、過去に接した1000名以上のシニア層に聞いた意見が、生の声かといわれたら、それが真実かどうかは多分、誰にも解らない。しかし、少なくとも紙やネットで書いているものよりも少しは真実に近いと思うし、少なくとも生の声を聞ける信頼関係は、あると思う。

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シニア層にとってまた見たいサイトとは

ついついアップが遅れてしまっていた調査結果をご報告させて頂きます

シニア層に実際にサイトを触ってもらい調査したところ、「分かりやすい」「使いやすい」「色使いがよい」と感じたサイトは、「また見たい」と評価されることが多かった。

内容的にチョット古いので、全てご提供するのは差し控えます。
ご参考までに

シニア層にとってまた見たいサイトとは・・・

文字ばかりのものですが、興味のある方はどうぞ。また、正式版が欲しい方はご連絡ください。(冷やかしはご遠慮くださいね。)

あと、当たり前ですが、無断転載はやめてください。悲しいので。出典元を必ず記してください。

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知っている言葉にこだわる

「なんでカニなの」とAさんが仰る

「カニ?」

Aさんは現在エクセルの達人、というコースをしている。ピボットテーブルを駆使しているのだが、その一つに表のオートフォーマットがあるのである。そのサンプルが、「カニ」なのである。

「カニって魚介類のカニ?」

「ええ、多分・・・」

「何でカニなの」

「サンプルだからいいんじゃないですかね」と言う。なぜサンプルにカニが使われているかなんて答えられる人がいるのだろうか。

「こういうの、気になるんだよね」


実は、これ、シニア層の特徴だ。周りに難しいことがあると、知っている言葉だけに集中する。若い人から見たら「なんでそんなこと!」となるのだが、年をとった人にとって、わかる言葉があると、それだけに集中する。そこが心を許せる場所なのだ。他は敵の如く難しい言葉が溢れている中、そこだけは自分が優位に立てる場所なのだ。

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