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いいひと

どうして世の中はシニアシルバーと言うと「好々爺」とか「ステキなおばあちゃま」を思い出すのだろう?
現実はもっともっと人間なのに。

さて、世の中には「いいひと」がいる。いいひと。の反対は悪い人ではない。いいひと、とは、「どうでもいいひと」でもある。あははは。

ところで、アンケート結果によって「このサイトいいね!」というのは、実際その場で動かしてもらわないと本当にいいかどうかは解らないことが多い。第一印象は「すごいいいんじゃない?」と優しいことを言うのに使っているうちに「あれー、これはここにあっていいと思ったのに、クリックしたら違ったよ」とか「これ、見づらいわね。さっきまではいいと思っていたのに」なんてことはよくある。

さらに、「動かしてみていいと思ったけど見つからなくて嫌ね」なんてこともよくある。

そのウェブサイトは本当にシニア層の気持ちを汲んでいるんだろうか?
きちんとシニア層の声を聞けているんだろうか?

「そのウェブサイトは別にいいと思う」
それは、決してほめられたことではない。
その奥にある言葉は、伝わってる?

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新鮮に驚く

昨日はシニア層がいろいろ忘れてしまい毎日が新鮮であると言う話を書いた。

私たちはシニア層とウェブ操作を見ていると比較的新鮮に驚くことがある。

ウェブ評価自主調査の最終調整のため、講座と称して皆さんにそのウェブサイトを見ていただくようにセッティングをした。さすがシニア・シルバー層が近くにいるだけある。うまくいけばそういうこともできる。

私はその間でかけていた。
帰ったらSちゃんがけそっとした顔をして「うーん、あのサイトまで行き着くのが精一杯でした。」

レポートを見たら「ほかのものが見たいという意見に押されてそのサイトにいけなかった」とある。ちょっと笑ってしまった。しかし、気づいたこともある。気づいたことは多い。

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覚えていることに期待しない

年をとるとどうも忘れっぽくなる。
というのも、新しい情報が入った時に、今までの経験と言う引き出しにしまおうとして、どの引出しに入れようか考えている内に忘れてしまうからである。
若い子は、整理のされていない部屋のようなもので、モノも少ないのでとにかくたんすに知識を突っ込めばいい。
年をとると経験が増えてくるので、情報を整理して頭の中にしまわなくてはいけない。
だから、時間がかかるのだ。特に、暫く開けていない引出しは見つけるのも開けるにも閉まるにも時間がかかる。しかし、知識とは活きの良いうなぎのようなものである。だから、逃げていくのである。次々来るし。

ということで、私たちは、忍耐の賜物である。
前の日は「なるほどー、意味、やっとわかったー!」と言ってくださったからって次の日覚えているとは限らない。覚えてるなんて期待しちゃいけない。「ああ、これは昨日も説明したな」と思いつつ説明していると、全ての説明が終わった時に「あ!昨日も聞いたわよね、それ。」といわれ、にっこり笑顔で「ええ、なんどでも聞いてくださいね」という。そんなのは日常茶飯事、先日は「アー.実はね、マミコさんが話している時に、私、昨日もこの質問したって思い出したんだけど、なんか恥ずかしくて言い出せなくって。ごめん、その説明だけ覚えてる。でも、なんでその質問をしたんだか忘れちゃってたの。あははは。」 にっこり(涙目)忘れるって事は、忘れたことも忘れてる場合と忘れたことは覚えているが、内容を忘れている場合と二通りある。年をとると忘れっぽくってネ、というが、これだけは加齢の問題として忘れてはいけない部分なのである。認知障害じゃなくて、本当に、忘れっぽくなる。マイニチが新鮮だと私たちは思っているのですが。人間全て覚えていたら恥ずかしくて死んじゃう。

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プロになるわけじゃないのよ

色々なスタッフの教え方を見ていて、「ああ、この人は知識はないけど教えるのはうまい」とか「知識はあるけど教えられない」と言うのがある。面接の時にとあるテストを行い、そのテストでその人の「伝える」能力を判断しています。そこに完璧な説明は要らない。「伝わって」「解って」もらえればいい。

たとえばゴルフのクラブの説明のようなものである。私は何度聞いても覚えられないのだが、業を煮やした先生が「7番の目安はこれくらい、8番の目安はこれくらい」ヘッドの傾きとかなんとかって難しい事はいらないのだ。「プロになるわけじゃないんだから」とシニア層と同じことを言ってみる(笑)

この「プロ」になるわけじゃない、という言葉は良く聞かれる。ゴルフプロはイメージがつくが、パソコンのプロ、というのはイメージがつきにくい。エンジニアさんのことかな。さらに「インターネットのプロ」といわれるともっと難しい。

「私、プロになるんじゃないんだから、私が知りたい範囲で解る事を教えてくれればいいの。」

私に教えているゴルフの先生も同じことを思っているだろう。
プロだろうがプロじゃなかろうが、きちんとボールは前に遠くに飛んだほうがいい。だから、基礎からきちんと学んで応用が効く方がいい。そっちのほうが楽しいじゃないか。

でも、実際にゴルフを習って、完璧なフォームとか、風を読むとか(そこまでいってないですけど。)すごく学ぶのは難しい。これをきちんとマスターしたら結果はわかる。でも、そこまでする必要があるのかな、とか。(もちろん、教えていて言われて嫌なことは言わないので地道にやっているのですが)

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ホンネモドキ

シニア層のホンネモドキに騙されてはいけない。

シニア層はまじめな世代である。
昨日も因子分析の結果をにらめっこしながら、所謂「イマドキモテル」オヤジはほんの数%しかいないことをよくよく思い知らされた。
残りは「俺はどう見られているか」「こんな俺を見て周りはどう思うか」そういう気持ちで成り立っている。

シニアビジネスをするときは本音とホンネモドキをうまく扱わないと出来ない。
本当は暇なのに「忙しい忙しい」という。で、「ホントは暇なんでしょ」とヒマビジネスをすると「俺は暇じゃ無いやい」とそっぽを向く。じゃぁ、「忙しいから無理ね」という話をすると「時間は実はあるんだよ。」となる。

プライドを傷つけないように、ここちよく、本音とホンネモドキをうまくハンドリングすることがとても大切なのである。しかし、多くの[生の声に触れない]状態では、ホンネモドキに振り回される確率が多い。

時折行動に出る本音、口から出てくる「ホンネモドキ」、そして「本音」そこをきちんと把握しなくてはいけないのである。と、昨日から色々見ながら思うのである。

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混乱するインターネット

インターネットは情報の倉庫である。
「何でも出てくるのね」「私たちが知らないだけで」

今までニーズがあるのではないかと買い物講座とかやってきたが、本日は基礎の基礎に戻って検索の基本の団体講習をする。和気あいあいと進む。シナリオもない。ぶっつけ本番。というよりも、ノリで進めてみる。

本日は最少人数の3人で進めてみた。話の始まりは催花雨である。さいかう、という雨。昨日のような冷たい春の雨は桜の花を咲かせる役目と成ると言う。これを催花雨(花を促進させる雨)とのこと。ここを枕にその場の思いつきで講義を進める。講義と言うより座談会、というより、インターネットを肴におしゃべりする会である。

そこから、話は愛と死をみつめてに。友情出演と特別出演、どっちがどうなの!?と「ではインターネットで調べてみましょう」そうしてそうして話は進み、温泉の話になる。私はいつも温泉か食べ歩きの話しかしない。話題がすくないのだ。(たまにゴルフの話もするけど)

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シニア層とウェブサイト

もともとシステム販売やさんだった私がひょんなことからシニア向けのパソコン教室を運営し、そして、シニア層がウェブを触っている姿、ウェブで悩んでいる姿を見て「このシステムで売り上げ倍増(はぁと)」といっていた今までのケイケンがすべて壊れたこと、それが「使いやすさを考えてみる。」の始まりでした。

なによりもまず驚いたことが(今じゃぁ驚きませんが)スクロールすることを「上に上げる」ということ。私たち(とくくってみますが)慣れている人が下にスクロールして画面の下を見ること、それが彼らにとっては「紙送り」であるという違いに気づいた時、「このページのトップ」という言葉が無意味であることに愕然としたのを覚えてます。確か2002年の10月でした。ほかにもページ内リンクでぴゅーんと飛んでいって、画面の下を見ている時に、ふとスクロールに気づき、下に上にスクロール。「うーん、どこかで見たページ」と言いながら戻るボタンを押し、もう一度じっくり下まで読んでいる(そしてそれが前見たページだとは気づかない)ことも驚愕の事実でした。

そして、しばらくして、「使える人視点」でウェブサイトを見ていることを思い知らされたのでした。私たちが使えると思っていること、「私、IT講習会でインターネットくらいは習ってきたのよ」「インターネットくらいは出来るの」という人たちの思い込み、そして、勘違い。いや、勘違いではない。きっと、それはユーザーの立場で今まで見ていなかった私の勘違いなのだとしみじみと感じた。「ユーザーの視点」そんな簡単そうなことが、どうして難しいんだろう?そして、彼らはどうして私が意図しない行動をしてしまうのだろう?

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年をとっちゃってね

16歳の時、長距離走が好きで1日3キロくらい走っても全然つらくなかった時期があった。
当時豊島園の近くに住んでいたのですが、桜台まで走るのは当然、すごく気持ちよかった。
先日、久しぶりに走ってみようと思ったら、すぐに疲れてしまった。

あー、年をとったんだなぁと思った。(ただの運動不足とも言う。)

という、話をする。

「何いってんの!若いのに」と優しいシニア層たちが言う。

「でもね、私も最近朝起きるのが早いのよ。年取ったな-ってたまーに感じるの。」と50代後半の方が言う。
「あはは、それ、年のせいよ」と鬼みたいに60代中旬の方が笑う。「マミコサンは若いからそんな事ないわよね」

実は最近、7時になると自然に目が覚めるなんてそんなことはいえない。「もー、眠くて眠くていつまででも眠れますヨォォォォォ」

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携帯電話

今日は休日だったので、箱根まで温泉に浸かりに行ってきました♪

休日はシニア層は出てこないだろう(普段シニア層に囲まれているので休日は頭を別にしたい)という目論見ははずれ、ロマンスカーの中はおばちゃんが大声で笑っていた・・・。

それも皆携帯電話でピコピコ操作している。

先日、Nさん(62歳女性)が「私の友達はみんな携帯よ。パソコンって家族も使うじゃない。だから、友達との連絡は断然携帯。楽だしね。ここでしかパソコン触らないのよ。インターネットは天気とか乗り換え案内とか歌舞伎のチケット取るくらいかしら。」

「電車の中では携帯電話のご使用はおやめください」というアナウンスも聞こえないのか、「見て見て!」と携帯の写真を見せ合うおばさまがた。「ちょっと待ってね、めがねめがね」とめがねを取り出し、押し合いへしあい、所狭しと画面を見るおばさま。その姿はまるで女子高生のようである。

当社のお教室でも主に携帯電話を利用している50歳代女性は多い。しかし、携帯電話でインターネットをしているか、といったらそうではない。ボタンが3つ以上になると「面倒くさい」。


楽、安心、イマドキ、というのが広がる/受け入れられるキーワードなのかなぁとロマンスカーでうつらうつらと眠る前に思ったのでした。(すごいすごいすごいすごい喧騒の中で眠れた自分に感激しましたが。)

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なんでそんな事も解らないの?

「うちの娘、会社では使っているのよ。でも、教えてくれないの。教えるとケンカになっちゃうの。「どうしてそんなことも解らないの!?」って。それだったらお金払って教えてもらったほうがいい」と、口を揃えて仰る。

「なんでそんな事も解らないの???」

それは、多分、世界共通?娘と息子の悩みなのである。

それは、我が家でも同様である。
教えると言う職業でありながら、自宅では絶対に教えない。なぜなら、やっぱり言ってしまうからだ。「気合が足りないのだよ。気合でパソコンはどうにかなる。どうしてそんなことも解らないのか」と。

ちなみに、当社のテキストは全てオリジナルである。「○×でもわかる」参考書では解らない部分も丁寧に開設するためである。かなり噛み砕いて書いてある。他の教室から移ってきた人はうちのテキストがよく解ると喜んでいただける。しかし、それでも間違える。


たとえば、わかりやすい例でいうとエクセル。マウスの場所とアクティブセル(黒く縁取りされているセル)は関係ないですよ。といっても、多くの人はマウスのある場所から文字が入ると思っている。そして「うわあああああああああ、違うところに文字が飛んでいった」


物事には全て原因と結果があるので、操作している人がそうしているから、そういう結果になるわけである。
しかし、操作している人にはわからない。作っている人にはわからない、意味が解らない。何でわかんないの?となる。「それはユーザーが勉強すればいいでしょう」成程。私もたまに、そう思う。

ログインをロングインとかって言わないで、カートは、カードとは違うのよ、大きな声で受信トイレって言わないで、グリーンカードじゃ何のことか解らないよ。永久のカードじゃなくて、言いたいのはグリーティングカードでしょ。タイプパッドって言って、チーペパッドってなによ。ビッグローブっていって、あたしも最初間違えたけど、ビッグラブじゃないのよ。確かに、ビッグラブのほうがずーっと好きだけど。プログじゃないの、ブログなの。ワンセグなのよ、ワンセクハラじゃないの。あーーーーーーーーーーー。解って欲しい。解って欲しいけど、よく考えて、解って欲しいって言う私たちの驕りがあるんじゃないの?買って/使って欲しいなら。

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母として、女として

↓の記事の続き。

次いで女性。
女性は男親か女親か、独身かでおおきく別れる。そういえば男性には子どもの影響が感じられるのはほとんどなかったのに不思議なものである。

子どもが仕事をしていると子どもとお友達のオンナなのに、一番下子どもが高校生だったり大学生だったりすると自分は遊びながらも、きちんと母なのである。

子どもが独立するとその遊び方は変わる。女の子の親は子どもと一緒に遊ぶからいいのだが、男親は子どもに彼女が出来たりとあまり愉快ではないことが続く。(まぁ、ずっと家にいられても困るわけだが)
となると、同年代の友達を引き連れ遊びまわる。しかし、その遊び方は子どもの親同士と遊ぶノリとは違う。

次いで特徴的なのが「祖母」になったときだ。
よくよく見ていると、祖父群は子どもがある程度大きくなるまでマイペースに遊んでいるが、子どもにモノゴコロがつき、「じーじ」なんてやりだしたときから、おじいちゃんの顔になる。それまでは普通だ。
しかし、祖母は「祖母」の顔ではなく、「子育ての経験者は語る」顔になる。孫は嬉しいし、かわいいが、時間の制約が出来てくるので、それはそれで疲れているみたいだ。

しかししかし、それも孫は3人まで。3人目には疲れてしまうようだ。

男親の場合、奥さんの実家に遠慮する人が多い。それは65歳くらいまでですけど。遅く生まれた子どもは男親のほうがかわいがる傾向があるみたいだ。

子どもが結婚していない、孫がいないシニア層はめちゃくちゃ元気だ。色々飛び回っているし、サークル活動も多い。

男性からは仕事ぶりが見える、女性からは家族が見える。不思議なもんですねー。ちなみに、上目遣い、甘えっこは団塊女性の特性だと思う。これは子どもがいようがいまいが関係ないみたい。(の_の)こういう目を時折する。団塊世代より若くてもその顔はしないし、それより上でもその顔はしない。なぜだ?

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悠々自適はいつから?

思うところあり、過去2年にお会いした「シニア層」1000人の名前を見ながら、ああ、あの人元気かな、と懐かしい気持ちになっています。

「あの人、こんなに若かったっけ」とか「あら、意外と年だったのね。」など等。

その中で、男性に60代前半にいわゆる「悠々自適~」な人が見つからない。
「今ある精一杯で遊ぶよ」とは言っている人は63歳くらいからちらほら見かけるが、まだ付き合っているのが会社のメンバーだったり、仕事仲間だったりする。(うちはそういうのまで知っているのが強み。)

「悠々自適です」と言えるのは68歳くらいからなのかなと思う。

それまでは、まだ、青くて「悠々自適」な生活に身を任せられない感じ。

男性データはそれでも350人くらい(残りは女性だ!!)しか見ていないのでなんともいえないのですが、悠々自適になるにはお金の問題だけではなく精神的なしがらみから離れる、第2の自分を確立する、というのは当分割きなんだなぁと思う。これが75過ぎるといいおじいちゃんになってしまう。うーん。カクカクしたものが取れすぎるのか。となると、アメリカとは違って「悠々」が似合う人は団塊世代にはまだまだ先の話かしら。

アメリカの老後を日本の人は比較したがりますが、風土とか勤め方が違うのに一律に比較は出来ない。

団塊世代のメンバーを見ていると癖がなく、「いい人」が多いのが特徴。豪快な人が少ない。世代で特徴があるって不思議ですね。中学時代みたいにたった2歳違うだけで大きく違う。

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必要?

Fさん(72歳男性)。最近、インターネットを始めた

「色々情報を見れて楽しいねぇ」

お教室にいらして、まずは株のチェック。そして天気のチェック。ニュースを一通り見てからレストランを探したり、旅行を探したり。まぁ、毎日旅行に行くわけではないし、彼はお仕事をもっているので「練習」がてらに見ているだけなのだが。

「どんな物を見れば良いのかわからないなぁ」という彼の一言に、「じゃ、今度、私がお休みの日に行くべき温泉を探して♪」とお願いしてみた。「条件は、東京から日帰り、一人旅行、電車で行く、入湯料とかはこだわらないから、広めの露天風呂、できれば美味しい食事、出来る限り乗換えが少ない事。」

「うーん、どこがいいかなぁ」

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誰の都合?

当社はパソコン教室でもあるので、沢山の会社から営業を受ける。
特にシニア・シルバー層をターゲットとした商品の営業が多い。

「こんなソフトあります」「こんなサービス始めたので是非ご紹介を」といらっしゃる。「こんなサービスをお教室でご紹介いただけますと、お宅のブランド力も上がるんじゃないですかね」と適当なことをおっしゃる方もいる。うー、そういうのはものによりけりだし、その提案書じゃうちのブランド力、っていうより、あなたの都合のいいオンナじゃないですか。と心の中で突っ込みを入れる。非常に興味があるもの、うちの生徒さんにメリットのあるものしか紹介しない。面白いものしか紹介しない。そう決めている。

さて、昨日は結構強引に某営業さんがいらした。「御社のー、デジカメ講座とかでー、おきゃくさんにつかってもらったらいいとおもうんですよねー」というソフトである。正確にはソフトではないが、まぁ似たようなものである。

「でも、シニア層にはちょっと難しいインターフェースですね」

するとカレ。

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高齢者と生きがい

定年退職後、何の為に働きますか?もしくは、定年退職後、何の為に働きましたか。

という質問を150名にした。

生きがいと答えた人は、定年退職前の人が圧倒的に多い。

「生きがいを持って生きましょう」なんて言ってるのは定年退職前の人が圧倒的で、幸せな生活をしている人が「インドの貧困」について語っているようなものである。(実際、私はそういう机上の空論者をマザーハウスでまざまざと見せ付けられたが。)

確かに、うちは70過ぎた方も多いが、やりがいとか、生きがいとか、そういうのを声高く言う人って多くない。そのワリには、周りの友人が認知証になると「あの人は生きがいがなくなったのね」という。不思議ですねー。客観的な意見は、決して主観を動かせるものじゃないですからね。

でも、本当に寂しくなると「生きがいが」って言い出すのですね。
マスコミに受けるシニアビジネスと、本人が喜ぶシニアビジネスは違う。

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シニアか中高年か

「おじさんって呼ばれるより、おじさまって呼ばれるほうがいいなー」と某氏(58)が言った。

「そんなこと、言わないでくださいよ、お兄様♪」と返してみる(笑)

おじさん、という言葉は40歳代に向ける言葉であり、50歳になると(一部の人は)年齢という深みを増してオジサマに成長するのである。そんな持論がある。(といって40歳代を敵に回す)

そんな中、先日、中高年とシニアという言葉、どっちがいいか、という話で盛り上がった。
62歳のTさん、「シニアって言われると、すっごい老けて感じるわよね」 54歳のKさん「中高年、って言葉のほうがしっくり来るって言うか。」「なんでもかんでもカタカナ使うんじゃないわよねって感じ?」「そうそう、年をとるとカタカナってどーやってもなんか、しっくりこないのよね」

同じく、74歳のFさんに聞いてみた。「中高年とシニア、どっちが言われたいですか?」「うーん、どちらかといえば、中高年かなー。といっても、僕もうおじいちゃんだけど」と、選択肢に無い答えが!


すかさず
「じゃぁ、おじさんとおじさま、どっちがいいですか?」

「いわれる人によるねぇ・・・何言ってんだ!まみちゃんは(笑)」


シニアって言葉とギャルって言葉って、普通に使われているけど(?)本当に実在しない言葉だと思う今日この頃。だけど、企業様にはシニア、って言ったほうが通りがいいので使いますけど。シニアって言葉がいやなんじゃなくて、なんとなく実態がつかめなくてケムにまかれている気分なので、その言葉に対していやんな気分になるのかもしれませんね。

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それ、日本語?

昨日は私がダーリン♪と呼ばせていただいている82歳のAさんのおうちに食事を食べに行った。私と仲が良い方は比較的会っている方も多いかと思う、例のAさんである。一緒に飲んで騒いで色々な話をするのが大好きなのである。

そんな中、昨日、ふと「教えるのに資格は必要か」と聞かれた。
うちの教室の求人のところに書いてあるが、「インストラクター検定」を持っている人はお断りとかいているくらいなので資格は特に必要ない。それよりも対人能力、コミュニケーション能力、どこまでパソコンを好きか、あとは人の気持ちを汲めるか、そして、伝わるように説明できるか。それさえあればあとは努力でどうにかなる。下手に検定を持っているとそれに固執して、伝わらないことは良くある。

「ってことは、まみちゃんも資格は持ってないわけ?」

実は、私は大学3年のときに初級シスアドをとった。しかし、実はシスアドを理解していない。当時はシスアドはできたばかりでそんなに難しくも無く、マラリアで入院していたときに暇だったので(入院とは本当に暇である。寒いだけ。)1週間勉強をしたら取れてしまったのだ。だから、自分でも内容をよく解っていない。資格に申し訳ない。

「一応、シスアド、っていう「システムアドミニストレータ」という資格を持ってるんですよ。」と言う。

一瞬沈黙が走る。

「それ、日本語?」


「いやー、明らかに外国語ですね」

「日本語に訳すと?」

「・・・・。すみません、実は、私も試験料金が安いからとりあえず申し込んで、入院して暇だったから勉強してとったようなものなので、実は内容を解ってないんですよ。」


「やっぱり、そういうシステム関係ってカタカナ多いし、それをとってて日本語に訳せないなんてまみちゃん終わってるよね」


「(涙目)システム管理者って感じですかね。。。。」

「何管理するの?」

「よく解らないですよね。。。」

Aさんの毒舌は止まらない。

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健常者

健常者ってすごい表現だ。
「障害者」のことも考えるアクセシビリティ、なのに、「健常者」の「パソコンのことがよく解らないけど使えてる」人たちのことはまったく忘れられている。ああ、彼らほど「アクセスできない」人はいないのに。

私のところに添付で書類を送ってくるのを嫌がる人が数名いる。
昔、あまりの書類の作り方の汚さに私が驚いていたら「ボクは基礎を勉強していないから」と仰る。基礎を勉強していないというか、本当に驚くほど時間の無駄な作り方をしている。私は今のサラリーマンの7割が本当はオフィスソフトを使えていず、「使えている気持ち」になっているだけなのをしっている。なぜなら、私に送ってくる書類は本当に時間の無駄な作り方をしている場合が多いからだ。それが多いことが4年位前にわかって、それから書類を送られても黙るようにしているのだが、本当は送られてきた書類を直したい。その時間の無駄を省きたい。それで忙しいって言っているんだから、私は、きっと彼は時間の使い方を知らないだけだろうと踏んでいる。

でも、本人は「別に習わなくても使えてるからいいのだ」と言う。「もしかして効率が悪いかもしれない。だけど、習う時間がもったいないじゃん」という。まだ若いのにね。頭が固い。習えば、本当に早いのに。というと「ボク、本当はパソコンが嫌いなんだ」という。もうよく解らない。素敵な友人たちはたまに習いに来てくれる。そして、毎回「なるほど!こんなことができるんだ」と笑顔で帰っていく。仕事が効率がいいのは素晴らしいのだ。

そんなわけで、「健常者」が「健常」であるとは全く限らない。健常者じゃなく、晴眼者という言い方もしますが、眼が晴れているからといって、その眼に映っているものは正しいとは限らない。「思い込み」「今までの経験」でウェブもパソコンも操作している場合が多い。作っている人が当たり前に皆使えてると思っているのは、多くの場合思っている以上に、いや、本当に欝になるくらい使われておらず、そして、皆の意見で「僕使えてるよ。えへへ」という意見はほとんどの場合、「私美人」と同類なほど、意味の無い言葉である。

若者ですらこうなのに、シニア層になるとパニックに対する対応が悪いというか、視野が狭くて、予期せぬ出来事に弱くて、何を予期しているのかは誰も想像がつかない(笑)
「晴眼者」=使える、問題ない という考え方が先ず問題なのだ。実は、本当に若い人でもインターネットをバリバリ「使ってる」人は少ない。それはGoogleをボクは使ってますと高らかに宣言している人でも。(笑)

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「誰のために生きる?」

人は何のために生きるのか。


と、哲学的な始まり方をしてみる。

何のために仕事をするのか。何のために生きるのか。

一度や2度、3~500回くらい思ったこともありましょう。しかし、日常が忙しくなると何のために生きるかよりも今を生きることに精一杯になりがちなのである。嗚呼、哲学的。人はパンのみに生きるにあらず。わくわくすることとか、誰かのために生きることが結構重要なのである。いろいろなご高齢の方を見ているとさらにそう思う。誰かに必要とされること、って実はすごく重要なのである。まあ、そんなしんみりはこのブログには似合わない。

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入力フォームとシニア

シニア層は入力が苦手である。
そんなミもフタもない。と思う事を言われて「苦手だから無理なのである。」と子供の屁理屈のようなことを言う人がいる。

しかし、苦手である。先日も、「いやぁ、うちのシニア層にネットでアンケートとったら大変な事になりましたよ。ラジオボタンとチェックボックスがわからなくって。HAHAHA」と妙な外国人のように話したら「モリマミコさん、あなたはシニア層に何を教えているんですか」といわれ、しばしへこんだ。そうだ、私は何を教えているんだろう?

とは言えども、たまーに教えているのだ。入力フォームの手伝いを。
私にとっては最高に難しいのである。自分でやれば1分もかからない。○と□に不思議にも思わない。クリックしたらチェックが入ると思っている。水道をひねれば水が出てくると思っている。

なのに、シニア層は「ここチェックするとどうなる?」
チェックして新しいものを読み込むような画面は本当に悲惨だ。
チェックした瞬間に画面が一瞬真っ白になり、シニア層の顔が真っ青になる。大丈夫ですよ。といっても、パニックになった事がある人なら解るだろうが、結構「大丈夫大丈夫」なんてそんなこと言っていられないのである。真剣なのだ。だから「そのくらい応用利かせればいいじゃん」というのもきっつい話なのである。狭い路地で右折しなくちゃいけないのにどっちにハンドル切ればいいのかわからなくて本当にあせっているのに、友達は「大丈夫、落ち着きなよ」という。

でも、右に曲がってもぶつかりそうだし、左に曲がってもぶつかりそうだし、我輩の辞書には「後退」なんて言葉は不可能だし。

そんなことはどうでもいいのだ。
要は、シニア層にとって、入力フォームは難しいのだ。

しかし、実際、入力できるフォームもあるのだから、入力できない事については一概にシニア層のせいとは言えない。大半の問題はシニア層、初心者にとって非常に使いづらくて見づらくて「どうすればええねん」とつぶやいて思わず涙がほろりと出るような、そういうフォーム、ひいてはそういうフォームを量産している企業の問題なのである。(前フリ長い。)

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使いづらさを実感する

完全に個人的な怒りなんですけどね・・・。


某パソコンメーカーさんのパソコンを先日購入。オンラインストアでいくら安くなる!みたいな広告に惹かれ・・・。

で、購入した後、使い道が変わり「お。ハードがたくさん空いてるからパーティション切ってここをみんなの保管箱にしちゃおう♪」と思いついたわけです。

で、パーテーションはきちんと切れたわけです。説明書の解りにくさは経験でカバー。こんなところで迷う私ではありませぬ。フルカラーで前買った時よりはるかに優しくなったもののポイントが見事に妙にずれている説明書でも問題なしおくん!と張り切っていたわけです。

パーテーションはばっちし切れました。すばらしい。と自画自賛。(するほどでもないが)

さて、問題のOfficeの再インストール。

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安心感

昔々にも同じ事を書いたと思うのですけども。

「安心感」を購入することって多い。

パソコンがほしい、その際にどんなに安くたって「ちょっと怖い」とかっていうのはあるものだ。
野菜に然り、牛肉に然り。「失敗しない理由」がほしい。
失敗しても仕方ない、けど、最初に「出来る限り失敗したくない」

それは、経験則を積んだ証拠なのである。

最近、このブログを発見してくださった多くの方々へ、私にとって「大人になること」とは「怖いということを知ること」である。という考え方があります。経験則を積めばできれば失敗は避けたい、失敗を避けられるほどの経験を積んでいる。だから、パソコンにも手を出すのが遅かったり、普及が遅かったりするのである。沢山の人が、イイワケを作って生きている。「もぅ恋なんてしないなんて~言わないよ絶対。」とはならないわけである。(でも、恋愛には学習能力が無いので、本当にもう一度恋をする。これはいずれ。たまに、「恋愛と馬鹿は同じで、死ななきゃ直らないのか」と思うこともあるのである。)

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ユーザーはどこに居る?

うちをインターネットで調べたTさん(54歳)。
本日入会がてら、私と2時間もおしゃべりをしていた(笑)面白かった-。

うちをご自分でインターネットで調べるくらいなので、当たり前のようにインターネットができる。

「でもね、なんだかよく解らないのよ。インターネットもパソコンも。なんとなく、もやもやしているの。納得できないのよね。インターネットとか、言葉も全然わからないし」
そういう人、多い。

Tさんは情報を探して、買い物も年に2回するそうだ。インターネットで。
「やんないと忘れちゃうからね」

「でもさー。インターネットで買うのって怖くない?」

「慣れちゃえば、どうってことないんですけどねー。」と私。

「でも、今、前よりインターネット難しくなってない?」とTさん。

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人間の可能性

随分前、母校の中学に講演、というか話しに行ったのですが、たまーに私も偉そうにしゃべるわけですよ。「自分を信じるべし」とか話すのです。

で、いつも話すのが私が高校を辞めたときのこと。
うちの中学で高校を中退する子は年間1人いるかどうか。殆どの子達は、当たり前のように高校に行く。

高校を辞めた、という話をすると全員が目を丸くする。フリョーには見えない私が「高校を辞める」人には見えないという点で。(そういう意味では母校は世界が狭いかもしれない。まぁ、それは広くても狭くても良いワケですけど。ちなみに、高校2年で大検とって大学は普通に行きました。まっとうな人生です。)

「でもね」と、私は偉そうに続ける。「高校辞めたらなーんにもできないって思うでしょ。そんなことないよ。人間の可能性は死ぬまであるんだからね。」と話す。「うちには86歳の人まで通ってますよ。普通にエクセルで計算してますよ。メールもインターネットも普通ですよ。特別に頭のいい人じゃない、だけど、気合と根性と継続で周りの人がぼけはじめたなか、彼女は元気ですよ。」

そう、私は「学ぶこと」ほど素敵なことはないと思っている。学ぶことは疲れることだ。新しい世界を垣間見ることは大変なこと。それでもそれ以上の見返りが学ぶことによってもたらされる。

新しいことを学んだおかげで、今まで見逃していたものを美しく、いとおしく思える、いままで気づかなかったことに気づく、出会えなかったものに出会える。そういうのって素敵じゃないですか。人間、つらくったってーかなしくったってー 学ぶことをとめてはいけないと思うわけです。恋と学びは死ぬまで。

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